バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

10.彼女の結婚観

「じゃあ殿下が私を好きだと言う仮定に基づいて話を進めますが」
「仮定じゃなくて事実だ!」
「はい、そうですね。訂正します」
 反射的に叫んだレオンにエリーシアはあっさり応じ、冷静に話を進めた。

「殿下は私を好きなので、私にバリバリ働いて欲しくないから、以前夜勤の時に押しかけて『荷が重い』とか『他の仕事をしろ』とか仰ったんですよね?」
「そんな事は言っていない!」
「言い回しは違ったかもしれませんが、要約するとそういう事ですよ?」
「それは確かに、そうかもしれないが……」
 再び声を荒げたものの冷静に指摘されたレオンは、反論を封じ込まれて口を閉ざす。そんな彼に、エリーシアは溜め息を一つ吐いて話を続けた。

「それに求婚の申し込み書の束を見直したら、レオン殿下からのもありましたね」
「……ああ」
 かなり気まずそうに視線を逸らしながら頷いたレオンに、エリーシアが問いを重ねる。

「ですが殿下と結婚……、違うか。婚約した段階で、周囲が男性ばかりの魔術師団の中で働くのって、不可能じゃありません? 外聞が悪すぎると思うんですけど」
「そうだな」
 そこはあっさり頷いて肯定したレオンに対し、エリーシアは剣呑な目つきになって確認を入れた。

「そうなると、殿下は私に、陛下から任命されて就任したばかりの王宮専属魔術師の職を、自ら辞する様に仰っているわけですよね?」
「そういう事では」
「そういう事なんです。そこの所はちゃんとご理解頂かないと困ります」
「…………」
 弁解しようとしたものの、口調だけは丁寧だが険しい表情のエリーシアを見て、レオンは再度口を噤んだ。そのまま気まずい沈黙が室内に漂ったが、少ししてちょっと困った様な顔になったエリーシアが、小さく肩を竦めてから口を開く。

「誤解の無い様にきちんと言っておきますが、殿下がどうしようもない甲斐性なしで、顔を合わせるのも嫌な位不細工で、救いようの無い馬鹿だから、縁談をお断りしたわけじゃありませんよ? 人望はそれなり、容姿はレイナ様譲りでそこそこ、王太子としても目立った失点は今のところは無さそうですし」
「……どうもありがとう」
 エリーシアとしては客観的に評価しているつもりだが、レオンの顔が僅かに引き攣った。しかし相手に悪気は無いのは分かっている為、なんとか気合いを入れて礼を述べる。そして彼女の主張は更に続いた。

「今回話を寄越した全員、一人残らずきっぱりお断りの返事を出しましたから。だってそもそも私に結婚するメリットってありませんよね? 仕事も住居もついでに爵位と財産もあるんですから」
 真顔でそんな事を言われたレオンは、頭を抱えたくなった。
「エリーシア。結婚は打算でするものではないと思うんだが」
「え? だってこの前の夜会でも、王太子妃の座を虎視眈々と狙っている上級貴族の御令嬢たちが、殿下を十重二十重に囲んでいましたよ?」
「向こうはそうかもしれないが、俺は違う」
「それはそうですよ。殿下の方はより取り見取りじゃないですか」
 どうにも噛み合っていない会話にレオンは頭痛がしてきたが、何とか軌道修正しようと試みた。

「あのな、エリーシア。この際結婚云々は置いておいて、お前が惹かれている異性とかは全くいないのか?」
「どうしてそういう話題になるんですか?」
 不思議そうに目を瞬かせたエリーシアに、レオンが幾分言い難そうに告げる。
「その……、縁談を申し込んだ一人である俺の前では言い難いかもしれないが、そういう人間がちゃんといると言ってくれたなら、俺は潔く諦めるが」
 言った後は腹が据わったのか、真剣な表情で見つめてきた為、エリーシアはサイラスから聞いた話の内容を思い出した。

(そう言えば、殿下に睨まれてるって言ってたものね……。一応言及しておくか)
 そこでエリーシアは確認を入れてみる事にした。
「それってひょっとして、賭けの対象になっている、サイラスとかディオンとかアクセスさんの事とかですか?」
 そう問い返されたレオンは、思わず苦々しげな顔になって頷く。
「まあ確かに、そいつらが真っ先に名前が挙がるな」
 その答えに、エリーシアは小さく首を傾げた。

「能力があって仕事ができる宰相閣下や義父レベルの方は、無条件に尊敬してますが、同年配のそれなりに仕事をこなしているだけっていうレベルの人間は、認めてはいますが心酔まではしませんね」
「そういう事じゃなくて……」
「そもそも、恋愛とかに余分な気力と時間を使う気、皆無なので。さっき名前が挙がった三人は、全員良い友達です。ですから殿下も、忠実な家臣に喧嘩をふっかけないで下さい」
「……努力する」
 段々イラッとしてきたものの、エリーシアに強い口調で言い切られ、レオンは平常心をかき集めて短く答えた。そして深呼吸をして少し気持ちを落ち着かせてから、話を変えた。

「エリーの今現在、恋愛も結婚も考えていないという主張は良く分かった。そうなると、どういった状況になったら、俺との結婚を考えてくれるだろうか?」
 そう真摯な表情で問われたエリーシアは、流石に冗談事にして流す事はせず、一応真剣に考え込む。そして少ししてから、徐に口を開いた。

「そうですね……。殿下は魔術師ではありませんから、私以上の能力の持ち主になったらって事では無理ですし……。順当に考えたら、私が王宮専属魔術師として王宮内外で認められて、自分なりに満足な実績を残せた時に、王太子殿下がまだ独り身で、職務や義務をしっかり果たしている上で、尊敬できる人となりであった時に申し込んで頂ければ再考いたしますが」
(でも私、これから二十年は結婚する気ないんだけど? どう考えてもその頃までには、王太子殿下はどっかのハイエナ令嬢に捕獲されているだろうから、ありえないわよね)
 神妙な事を述べつつも、心の中では力一杯否定していたエリーシアだったが、レオンはそれを眉根を寄せて考え込んでから、小さく頷いて見せた。

「分かった。今後はエリーに仕事に関して余計な事を言って、怒らせないようにする。元々君の能力が高い事は、分かっている。今度の遠征に関しても、正直危険な事はして欲しくないが、存分に能力を発揮して欲しい。宜しく頼む」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
 王太子としての顔で頭を下げたレオンに、エリーシアも真顔で応じた。それからレオンは先程までの話題には一切触れず、これから向かう西方地域の話などをエリーシアに語って聞かせ、最後まで和やかな雰囲気で食事を終わらせる事ができた。その為エリーシアは(思い切って腹を割って話して良かったわ)とすこぶる満足しながら、レオンと別れて仕事に戻った。

 その日の夕食時。昼食を食べ終えた後、シェリルと顔を合わせずにそのまま魔術師棟に戻った事を思い出したエリーシアは、一緒に食べ始めたシェリルに、事の次第を報告した。
「……というわけで、レオン殿下とは腹を割った話し合いをして、しっかり納得して貰ったから心配しないでね?」
 にこやかにそう告げた義姉に、シェリルは何とか顔に笑顔を貼り付けて答える。

「う、うん……、それなら良かったわ」
「あ~、すっきり! やっぱりもやもやした物を抱えて出るより、気分的には良かったわね。ありがとう、シェリル」
「ど、どういたしまして」
 それからエリーシアは上機嫌で料理を食べ進めたが、シェリルは密かに(エリーはすっきりしたかもしれないけど……)と不憫過ぎる異母弟の心情を考えて涙ぐみ、リリスとソフィアの侍女コンビは無表情を貫きながら(そんな風に一刀両断されて、殿下は遠征で使い物になるのかしら?)と疑問を覚えていた。

しおり