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第37話 エリーシアからの依頼

 連日貴族達の相手をし、夜会に向けての準備を進めて忙しく過ごしていたシェリルだったが、その日は就寝時間になって、いつも通りリリスの手を借りて猫の姿になって首輪を付けて貰うと同時に抱き上げられ、不思議そうに尋ねた。

「リリス? どうしたの?」
「申し訳ありませんが、姫様には今夜はお休みになる前に、その姿でもう一つ用事がありますので。目的の場所に着いたら、説明がありますから」
「ふぅん?」
 何となく不審に思ったものの、シェリルは彼女に大人しく抱かれたまま移動していった。そして警備の女性騎士に不思議な顔をされながら、ミレーヌの私室に到着したところで、はっきりと疑問の声を上げる。

「ちょっと待ってリリス。もう夜で、結構遅い時間帯よ? ミレーヌ様ももうお休みかも。ここで何の用事が有るの?」
「これは王妃様の指示ですから、ご心配無く」
 シェリルの困惑には構わず、リリスは待機している王妃付きの侍女に話しかけて了解を取り、先導して貰って幾つかのドアを通り抜けた。そして、ある立派なドアの前で立ち止まると、その侍女がドアをノックして室内に声をかける。

「王妃様、いらっしゃいました」
「ご苦労様です。彼女に入って貰ったら、あなた達はお下がりなさい」
「畏まりました」
 そしてミレーヌの声が聞こえたとシェリルが思った瞬間、侍女が勢い良くドアを開け、その隙間からリリスが躊躇せずにシェリルを室内に投げ込んだ。

「うひゃあぁぁっ!?」
 いきなりの暴挙にシェリルは動転したが、そこは反射的に身体を捻り、物音も立てずに見事に床に着地する。しかしその隙に素早くドアが閉められ、その向こうからリリスが声高に告げてきた。

「シェリル様、今夜はこちらでお休み下さい! 明朝、お迎えに来ますので。それでは失礼します!」
「ちょっと待ってリリス! ここってミレーヌ様の寝室よ!?」
「無理ですよ、そのドアは明日の朝まで開きません。私が、そう指示しましたから」
「どうしてですか!?」
 慌ててドアに駆け寄ったシェリルが前足でドアを叩きつつ訴えたが、既に夜着に着替え、部屋の中央に設置してある天蓋着き付きのベッドに腰掛けていたミレーヌが、笑いを堪える声で説明してきた。

「実は昼間陛下の執務室で、魔導鏡を介してエリーシアから調査報告を受けた後、私に個人的な話があるらしいとクラウスに言われて再度回線を繋いで貰ったら、彼女に『シェリルが心細い思いをしていると思うので、時々シェリルと一緒に寝てあげて下さい』と頼まれました」
「はい?」
 予想外の事を言われて呆気に取られたシェリルに、ミレーヌがたたみかけた。

「同時に『一緒に寝るなんて、そんな失礼な事はできませんとシェリルが固辞すると思いますので、実力行使でお願いします』とも言われましたから」
「『実力行使』って……。いえ、本当にそんな失礼な事はできません!!」
 ここでミレーヌが立ち上がって笑顔で近付いてきた為、シェリルはじりじりと後退しながら、頭の中でエリーシアに文句を言った。

(エリー! 幾らなんでも無理だから! 何か前から思っていたけど、エリーとミレーヌ様って、瞳の色以外にも何か通じる物があると言うか何と言うか)
「さあ、諦めて一緒に寝ましょう?」
「うきゃあぁっ!!」
 つい恨み言に意識が向いているうちに、シェリルは易々と身体を持ち上げられ、ミレーヌの腕の中にすっぽり収まってしまった。こうなってしまうと下手に暴れるとミレーヌの身体に傷を付けてしまう可能性もあり、そこまで嫌がるのも却って失礼だと諦めて、シェリルは抵抗を諦めた。それに満足したミレーヌは、彼女を抱えて自分のベッドへと戻る。

「それでは寝ましょうか、シェリル」
「はい。おやすみなさい……」
 シェリルを広い寝台に降ろすと、ミレーヌはその横に横たわりながら、足元の毛布を引き上げ、それでシェリルの身体を覆いながら慎重に彼女を引き寄せる。対するシェリルも、万が一にもミレーヌを傷付ける事が無い様、細心の注意を払いつつ身体をすり寄せた。するとミレーヌがシェリルの身体を優しく撫でながら囁いてくる。

「これまでは、いつも二人一緒に同じベッドで寝ていたそうね? 今回、急に一人で寝る事になって、寂しかったでしょう?」
「そんな事は無かったですが……」
 微妙に口ごもったシェリルだったが、ミレーヌが小さく笑いながら続けた台詞に、思わず涙腺を緩ませた。

「エリーシアも、『一人で寝るのは落ち着かなくて、全然慣れない』と言っていたわ。『本音を言えば、シェリルの顔も見たかっただけど、顔を見たら泣きそうだし帰りたくなりそうだから我慢します』とも言われたの。あなたと同じね?」
「……ふぇっ」
 ミレーヌの寝台で泣き出すわけにはいかないと、辛うじて自制心を働かせたシェリルは、うつ伏せになってシーツに顔を押し付けながら、泣き言を堪えた。そしてその声が聞こえなかったふりをしながら、ミレーヌがゆっくりとその艶やかな毛並みを撫でる。

「おやすみなさい、シェリル」
 その優しい声に寂しさと悲しさが和らげられ、シェリルは徐々に深い眠りへと誘われていった。そして無意識にミレーヌに向かって前脚を伸ばし、軽く彼女の夜着に爪を引っ掛けて、その胸元に顔を埋める。

(お母さん、だ……)
 何となくそんな事を思い浮かべながらシェリルは本格的な眠りに入り、それを察したミレーヌはその身体を撫でている動きを止め、改めて腕の中で温もりを感じさせている存在を眺めた。そして思わずその口から、皮肉っぽい呟きが漏れる。

「本当に……、馬鹿な事をしたわね。アルメラ」
 かつて自分に対抗意識を剥き出しにしていた、美しくて勝ち気だった女性を脳裏に思い浮かべたミレーヌだったが、彼女の思考はすぐに過去から未来へと移行し、問題山済みの状況にこれからも抜かりなく対応するべく、きちんと睡眠を取る事にしたのだった。

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