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第7話 和やかな(?)食卓

 翌朝、ミレーヌから聞いた通り、昼前にレオン達が二台の馬車に分乗して森にやって来た為、それを察知したエリーシアが防御結界を解除し、小屋の前で出迎えた。
「いらっしゃいませ」
「やあ……。どうも」
 非友好的な表情で出迎えたエリーシアに、レオンが及び腰で応じると、彼女はいかにも気分を害したように続けた。

「一応、王妃様の顔を潰さない様にあなた達に来て貰いましたけど、変な事をしたらまた遠慮なく叩き出すので、そのおつもりで」
「……分かっている」
 そんな緊迫した挨拶を交わしているレオンの背後で、ジェリドはさっさと同行してきた料理人達に声をかけ、小屋の外に簡易式の竈(かまど)と調理台を設置させた。

「これで大丈夫だな。それでは準備を始めてくれ」
「かしこまりました。それではジェリド様、火力の調節をお願いします」
「任せてくれ」
 王宮の厨房とは勝手が違う為、料理人が火力の調節をジェリドに頼み、彼は気安くそれに応じて、魔術を行使して調理補助に入った。一通り下拵えをしてある物を持ち込んだ為、それほど時間はかからない事は明白であり、レオンがもの言いたげな表情をしているのに気が付かないふりで、エリーシアはシェリルを抱えて一度小屋の中に引っ込む。そして二人で時間を潰していると、ドアをノックしてからドアを開けて、ジェリドが姿を見せた。

「エリーシア殿、シェリル姫。お待たせしました。昼食の準備が整いましたので、こちらにお出で下さい」
 貴公子然とした男に恭しく頭を下げられた為、猫の姿であるシェリルは恐縮しながら意見を述べた。
「ええと……、まだ私が、王女様だと判明してないですよね? それなのに姫とか、仰々しい呼ばれ方は」
「確かにそうですが、便宜上、そう呼ばせて下さい」
「はあ……、分かりました」
 妙に押しの強い笑顔で言われてしまったシェリルは仕方が無く頷き、言葉通り彼の背後にセッティングされているテーブルを認めたエリーシアは、腕の中のシェリルに声をかけた。

「それじゃあシェリル、準備ができたみたいだし、行くわよ?」
「う、うん……」
 既に神妙に席に着いていたレオンの正面の席に、シェリルは飛び降りた。しかしそのままでは高さが足りない事が分かって、すぐにテーブルに飛び上がる。それに料理人達は動揺したが、ジェリドは目線で彼らの動揺を押さえ、そのままテーブルに料理を並べる様に指示した。

「凄いご馳走ね、エリー!」
「ええ。それじゃあ、いただきましょうか」
 レオンの横にジェリドが、シェリルの横にエリーシアが座って、料理人達による給仕が始まったが、庶民の暮らしではまず出てこない、豪華食材をふんだんに使っていると分かる料理を見て、エリーシアは(これって、王女様にろくな物を食べさせてなかっただろうって言う、私への遠回しな嫌味!?)と一瞬キレそうになった。しかしレオン以下、料理人達全員がシェリルの反応を、固唾を飲んで見守っている事に気が付き、おとなしくスプーンを手に取る。

「おいしいー! こんなの、初めて食べました!」
「お口に合って、良かったです」
 スープ皿に顔を突っ込むようにしてスープを舐めとる合間に、顔を上げて嬉しそうに感想を述べたシェリルに、ジェリドが本心からの笑顔で応じた。そして何気なく尋ねる。

「お二人の食事は、普段はエリー殿がお一人で準備しているのですか?」
「養父が死んでからはそうです。それが何か?」
「あなたの体調が悪い時などは、支度が大変だったのではないかと思いまして。姫の事を他人に秘密にしていましたから、姫を誰かに預ける事もできなかったでしょうし」
 それを聞いたエリーシアは、質問の意図が分かって大きく頷いた。

「そう言えば確かに、一回だけ結構危なかった時がありましたね。シェリル、覚えている?」
「え?」
 手を止めて、妙にしみじみと言い出したエリーシアに、単なる話題の一つのつもりで出したジェリドは戸惑ったが、シェリルも頷きながら会話に加わった。

「エリーは滅多に病気なんかしないし、大抵は自分で作った薬ですぐに治るのに、本当にあの時はなかなか治らなかったわね」
「冗談抜きにあの時意識が朦朧としながら、このまま死ぬかと思ったわ。そんな時にあんなシェリルの姿を見て、一気に正気に戻ったけど」
「姫がどんな姿だったのですか?」
 微妙に深刻な表情で語り合う二人を見て、ジェリドが思わず尋ねると、エリーシアがとんでもない事を言い出した。

「自力で鳩を捕まえて、咥えて枕元まで引きずって来たの。もう全身、傷だらけの血まみれで。こっちの血の気が引きました」
「だって、何か食べないとエリーが死んじゃうって思ったのよ! その時満月の時期じゃなくて、全然人の姿になれなかったし」
 そう言って何度も頷くシェリルに、ジェリドは憐憫の眼差しを送った。

「……よほど奮闘されましたね」
「あ、姉上、肉はもう少し小さく切り分けた方が宜しいですか? お顔に少しソースが付いていますし」
「大丈夫ですよ? ほら!」
 話題を変えた方が良いだろうかと、レオンが慌てて声をかけると、シェリルは笑顔で舌を動かした。そして口回りを綺麗に舐めとって、レオンに向かって自慢する。

「ね? 綺麗になったでしょう?」
「……はい」
「でも、これ本当に美味しいー!」
 そう言って再び肉に噛みついているシェリルを見て、(仮にも一国の王女が、獣の様に肉にかぶりつくとは)と不憫に思ってしまったレオンは、必死に涙を堪えながら背後の料理人達に言い付けた。

「もう私の分は良いから、後は全部姉上の皿に」
「かしこまりました」
 既にその様子を見守っていた彼等も涙目になっており、シェリルは呆れたエリーシアに止められるまで、周囲から勧められるまま食べまくる事となった。
 そんな風に比較的和やかに食事が進んでいったが、シェリルは勢い良く食べる合間に、時折レオンに視線を向けて考えていた。

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