10.謎解き
柱の台座にやって来た三人は、すぐにそこに置かれている“人形遊びセット”を確かめ始めた。
右の柱には豪華な居室のセットがあり、そこには真っ直ぐ少女の人形が二つ、固定された男の人形が一つ、立派な家財道具が一式置かれている。
左の柱には荘厳とした教会のようなセットで、同じく固定された神官の人形と、寝台・
少女の人形は、いくつかの関節が動くようだ。セラフィーナはしばらくそれを弄っていると、片方の少女の頭が取れる事に気が付いた。
「――こっちだけ中身は空洞ね。
うーん、人形の間接も人間的な動きしか取れないわ」
「ベッドに突起物がありますわ。何かをハメ込むのではなくて?」
「うーん……。もしこれが、あの彫像の少女二人を指しているのだとしたら……」
人形と部屋――セラフィーナは、“少女”になりきって考えてみた。
まず問題なのは妹である。火遊びによって大火傷する事になった彼女は、さぞ頭を悩ませたであろう。
情事は演技で誤魔化せるものの、女の身体には誤魔化せない物が存在している……それをどうにかして誤魔化さねばならないのだ。
彼女はどのような行動を取るか、と考えていると、テロールが何かを思い出したように口を開いた。
「――確か、当時では検査があったはずですわね」
「検査?」
「ええ、確か聖職者などが、処女かどうか調べるのがあったはずですわ。
今ではもう殆どやりませんが、当時では普通にあったはずですの」
「貫いて貰うのじゃなくて、見るだけってのもあるんだ?」
「そ、それもありますが……悪用・偽る者も現れ、検査だけに変わったとお母様から聞きましたわ。
しかし、それも嫌がられるようになり……もしかすれば、当時から
セラフィーナはそれを聞き、もう片方のセットの存在に納得がいった。
しかし、それは同時に、更に解かねばならぬ問題が増えたと言う事でもある。
「うーん……姉が何かやる、らしいんだけどなぁ」
「ふふ、テロちゃんの話す内容に従えば――妹を想う姉が取る行動なんて、そう多くはありませんよ」
「え、そうなの?」
「はぁ……フィーちゃんには、お姉さんがどれだけ苦労しているのか、分からせないといけないようですね……」
「じょ、冗談だって……いつも感謝してるわよ。本当に……」
「ふふっ、なら良いです。ではまず、一つ目の“謎”を解きに行きましょうか」
「ね、姉さん分かったの!?」
「ええ。私も同じ“姉”ですから――」
ミラリアはそう言うと、セラフィーナが握っている人形とは別のそれを手に取り、協会の方へ歩み始めた
その人形はずしりと重い。首は取れないが、間接などは同じように動くようだ。ミラリアは脚の関節をパキパキと動かし、ポーズを取らせ始める。
膝を立て、股を開いた恰好をした人形――両手を組ませたそれを、教会の寝台の上に乗せた。
「――これが、“姉”が取った行動です」
「も、もしかして、“姉”が身代わりになったの!?」
「ええ、双子だから出来た事でしょう。
“妹”は遊び呆けていますが、“姉”に関しての記述はありませんでしたしね。
今度は、片方で妹がやるべき事を……己自身を偽らねばなりません」
「偽る……あっ、そう言うこと!」
セラフィーナは、片方の人形……“妹”の首を取り外し、空洞部分にふっと息を吹きかけた。
「でも……それはどこにあるんだろ?」
「い、一体何の話をしておりますの?」
「ん? ああ、この“妹”もこっちの豪華な部屋――王子サマを騙さないといけないのよ。
ただそれを誤魔化すには、この中を満たすための“血”が必要なのよ」
「“血”っ!?」
「そ。だけど、それっぽいのはないし、短刀も置いて来ちゃったからなぁ……。
ああ、あんた剣を――って、それやったら私死ぬわね……」
セラフィーナは己の血を入れようかと考えたが、テロールが持っているのは魔女殺しの剣・<マジックイーター>である。小さな傷とはいえ、そのような物で斬られればひとたまりもない。
どうしたものか、と考えているとミラリアが両手を合わせながら、声を弾ませた。
「なら、お茶を代わりに――」
「血の代わりに紅茶入れても大丈夫なのは、姉さんだけよ……」
「むぅー……」
「あ! わたくし思いつきましたわ!
そこの動物を壊せば、血が流れ落ちてくるとかではありませんの!」
「あー、そう言えば動物の像もあったわね。えぇっと……右側に六体、左側に六体か」
セラフィーナたちは時計回りに、それぞれを見て周り始めた。
右側にあるのは、鼠・牛・虎・兎・竜・蛇の像――
左側にあるのは、馬・羊・猿・鳥・犬・猪の像――
同じものはなく、それぞれが静かに佇んでおり、それぞれの台座には“メダル”の投入口が設けられているようだ。
「……適当に選んでってわけではなさそうね」
セラフィーナは、レゴン城で入手した“メダル”を取り出しながらそう呟いた。
一回限り。正解は一つであり、残りは全て外れであろう。もし外せば……彼女たちが考えたくない結末が待っているに違いない。
皆が思案に耽る中、真っ先に閃いたのはセラフィーナであった。
「猿じゃない? 人間に近しいし」
「それではあまりに簡単すぎます。ここは、きっとずる賢いネズミさんですね。
よく人を騙す存在として描かれる事も多いですし」
「わたくしは、犬……かと思いましたわ」
「どうして?」
「この“妹”は
スケベな犬がここを護っていたのなら、と考えましたの」
傍で欠伸をしていたブラードは、その姿のまま固まってしまっていた。
皆の注目を浴び、その背中に冷たい物を感じている。
「……それなら、すぐに新鮮なのが取れるわね」
セラフィーナの言葉に、ブラードは尾を股に挟みながらブンブンと首を振った。
「まぁ、それは最後の手ですね」
まだ許してくれていない。ミラリアの言葉に、ブラードは腹を見せて服従のポーズを示しているが……その姿は誰も見ていなかった。
それぞれの意見に全て尤もらしい理由がある。飛び交い三者三様の意見が、それぞれを悩ませ続けていた。
三人寄ればと言うが、この場合ではそうもいかないようである。
「チャンスが一回なのがなぁ……」
「考え方の違いが、こうも混乱を呼ぶとは思いもしませんでした……」
「わたくし、何の血でも構いませんわ……」
はぁ……と、全員が白い息を吐いた。
テロールも流石に冷えて来たようで、城館の暖かい風呂を恋しく思っている。
城の中で入るのは、どのような熱い湯でもぬるく、つまらない物に感じてしまう。
誰かと入るなんて恥ずかしくてたまらなかったのに、今では彼女たちと一緒に入るのが楽しくてしょうがない。
――その時ふと、彼女の頭に何かが浮かび上がった。
「セラフィーナさん、わたくしが一緒にお風呂にった時の事を覚えておりまして?」
「ん? ああ、あの脱衣場から中々出て来なかった時?
あれは面白かったわね。女同士なのに、必死で隠して――」
「そ、そんなのはいいのです! その時、確か殿方との……その、話をしましたわよね?」
「あー……したっけ?」
「フィーちゃんは、しょっちゅうしますからね……」
ミラリアは右手を頬にやりながら、呆れた顔を浮かべていた。
「――その時、もし火遊びをしていても、偽るのに何かを使えば良いって仰っていたのを思い出したのですが……それが何か思い出せませんの……」
「ああ、それなら――」
その時、セラフィーナはハッとした顔になり、すぐさまその像に目を剥けた。
王族と初夜と偽り――それの血は最も得やすく、最も使われて来た物だ。
動物との関係性ばかりに目がいっていたが、考えてみればすぐに分かる、単純なことであった。
セラフィーナの様子を、皆がじっと見守っている。
「鳥の像――」
彼女はそう呟いた。