第十話_基礎知識を学んじゃおう2
「ここが、古書室…」
「ああ、そうだよ。広くてびっくりしたかい?」
「はい…。でかい」
10時になった頃、雅は古書室を訪ねていた。
「(地下にあると聞いたのでそこまで広くないと思ったが、まさかここまで広いとは思ってなかった)」
地下の古書室は屋敷の敷地内と同等くらいに広かった。
「さて、早速本題に入らせてもらうよ」
「はい、お願いします」
「結論から言おう。この世界は、元日本だ」
「…へ?」
素っ頓狂な声が雅の口から這い出た。
「この世界が元日本って…。どういうことだ?…って、すみません。つい敬語を…」
「ふふ、大丈夫だ。…さて、元日本だと言ったが、それは少し違う。この世界はきみの世界とは別にあるパラレルワールド、並行世界にある世界の未来だ。これは理解できるのかな?それで、君たちとは土地の形や気候、様々な環境が違っているこちらの地球で我々は文化を育んできた」
話の腰を折っては進まないと思い。黙って続きを促す。
「…この世界の昔には魔術と呼ばれるものが存在しなかった。科学だけだった。そしてワイドワールドとクローズワールドの2つの国が共存して暮らしていた。だが、その関係が狂い始めたのは今から13年ほど前の話だ。クローズワールドの皇帝が即位した時代を境にクローズワールドはこちらとの関係を断ち切ったんだ」
「…なぜです?恐らく互いに資源の共有をしていたんでしょう?」
「そうなんだけどね。その皇帝の意思が平和主義から戦争主義になったんだ。当然、国民はそれを受け入れない。なにせ、自分の夫や子供らに戦争をさせることだからね。そして、クローズワールドの住民のほとんどがワイドワールドに流れ込んできた」
「ほとんど…?」
「ああ、ほとんどだ、1割弱の人たちはもとから戦争によって利益を上げてきた人たちだから残ったんだろう」
「と、いう事は貴族がほとんどってことですか」
「そうなるね。話を戻すよ。こうして兵を失った皇帝は何をしたのかというと、野族や蛮族を金と食糧で雇い自分の兵にしてワイドワールドを占領しようとしたんだ。こちらとしてもクローズワールドから逃げてきた人たちを暮らせる領地がないのと自国防衛のためにその戦争に参加したんだ。その戦争に参加したのが、君のおじいさんの黄泉さんだよ」
「なるほど…」
実にありふれた話だった。ただ、一つ疑問なのが
「どうしてこの世界と日本が並行世界だって分かったんですか?」
「それはね…」
ゲンさんは座っていた椅子から立ち、歩き始めて一つの本を取り出す。
「随分、古びた本ですね」
「はは、そうだね。これは黄泉さんが残してくれた研究結果の本だからね。この本にはね、黄泉さんが亡くなるまで研究していた『この世界とは一体なにか?』について書かれた本なんだ」
「この世界とは一体何か?」
言われた通りに反芻してみる。
「ああ、そのことについて研究していたんだ、実験方法は実際見た私もさっぱりわからなかった。歴代の名門校を出た研究者に見せても何一つ彼が行っている作業が理解できなかったそうだ。
まぁ、そのことによって2つのことが導きだされた。この世界は日本とパラレルワールドで繋がっているっていうことと、もう一つ。
黄泉さんの死後4年後、勇者と同等の力の持ち主がこの地へと召喚されるという事。だが、彼はそのことを公表しなかった。世界には実験失敗という事にしたらしい。恐らくは召喚される人が召喚された瞬間、自由を束縛されるのが可哀そうだと思ったんだろうね」
「召喚するときの回数ってあるんですか?」
「原則としては年に3回、春分、夏至、秋分に行われるんだ。今年はあと2回あるね」
「なるほど。ちなみに、召喚するときの人数って一人だけですか?」
「え?そうだけど?」
「俺ここに飛ばされる前に親友と光に飲み込まれる前にはぐれてしまったんです。そいつも亜空間みたいなところにいたので間違いなくこの世界には来ているとは思いますが…」
「……。まさか」
「なにか心当たりでも?」
「……いや、まだ確証が持てない。この件は調べておくことにするよ。君も俺を信頼して相談してくれたんだろ?」
「…ええ、まぁ」
「私も黄泉さんにはいろいろお世話になったからな。その恩返しと思ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
「ああ、そしてこの手紙を君に渡しておく」
そういって1通の手紙を渡される。
「なんですか?これ」
「親族が召喚されてしまったときはこの手紙を渡してほしいと託されたんだ。勿論、誰も読んでないよ。私もね」
「…わかりました。後で読みます」
本をパタンと閉じてこちらを見る。
「さて、一通り説明が終わったけど何か質問はあるかい?」
「いえ、とりあえずここまでにしときます。後々浮かんで来たらその都度聞いてもいいですか?」
「うん、わかったよ。…さて、この古書室だけど今後は君も来て自由に使ってほしい」
その言葉に目を見開く。
「え、いいんですか?この部屋は大切にしてそうな雰囲気だったんですけど」
「うん、でももとはこの部屋は黄泉さんが使っていた部屋なんだ。だから自由に使ってもらって構わない」
「そうですか、あ」
「ん?どうしたんだい?」
「そういえば、一つ聞き忘れていたことがありました」
居住まいを正してゲンさんを見据える。
「どうして、ゲンさんは第5貴族なんですか?」
「っ!」
ゲンさんが息を飲む。
「やはり君も考えが鋭いようだ。でも、その答えは私から聞くより彼女から聞いた方がいいだろう。それと、私からは話したくないんだ。すまない」
「彼女ってフィレイのことですか?」
「ああ、いつか彼女が君を認めてくれたら話すだろう。いつかその時まで待ってはくれないか。
それと、娘をどうか守ってやってほしい。私の家族なんだ」
頭を下げられる。
「顔をあげてください。大丈夫です!俺はかわいい女の子のためなら命を惜しみません。じいちゃんの教えです」
古株男は顔をあげて不敵に笑う。
「ふふふ、いいだろう。だが、私の娘をそう簡単に渡すとは思わないことだな」
「望むところです」
別にフィレイが好きというわけではないが、裏に何かメッセージが込められている気がする。こういうのが大人の会話なのかなと思った。
その後少し話して笑いあった頃、
「さて、話ばかりで君も疲れただろう」
先ほどの会話で緊張がほぐれたのか、フランクに笑い、話しかけてくれる。
「現在の時刻は……11時か。1時間も話していたんだな。これから時間は空いているかね?」
「えぇ、明日は休みですし。大丈夫ですよ」
「なら、私が得意属性を見極めてみよう」
先ほどフィレイと会話していた時の言葉を思い出す。
「(私のお父さん。魔術のことになるとなかなか離れないから注意してね)」
「あ、あの…それって朝まで続きます?明日はフィレイと訓練するっていう約束が…」
「安心したまえ。そこまでかからない」
ほっっと胸をなでおろす。
雅は考えが甘かった。
このゲン・アシュベルの魔術愛は時にはどの科学者をも上回るという事を。
翌朝、庭で2人が寝ているところが発見されたのは言うまでもないだろう。