6.パジャマ・パーティー
ミラリアの言葉通り、噴水の中央柱の裏にガラス玉が二つ埋め込まれているのに気づいた。
あえてこのような所を見る者はおらず、いたとしても揺らめく水面の中で見つけ出すのは至難の技だ。苦労して見つけたとしても、その効果を知らない物からすればただのガラス玉――知る者にしか価値の分からない代物であった。
セラフィーナは、<マジックスフィア>の中に納めたそれを、“枯れた噴水”の穴にはめ込んだが……当然、それだけでは
多い方から少ない方へ……水が抜ける穴を塞げば、今度はそこに水を満たさねばならないのだ。
「あ゛、あ゛ぁー……もうこんな事しないわ……」
「わたくしもですわ……明日は筋肉痛を覚悟致しませんと……」
セラフィーナとテロールは、バケツを使って何度も左右の噴水を往復した。
着ていた服はすっかり水に濡れ、黒っぽい色となっている――へたりこんでいる二人に、ミラリアは呆れた顔を浮かべていた。
「……フィーちゃんって、時々自分が魔女だってこと忘れてますよね」
「な、何でよ……?」
「……“魔法”使えば、もっと楽に済んだでしょう」
「“魔法”……? あ゛っ、そ、そうだった!!
水球なり、<スフィア>に入れればよかったんだっ……」
「わたくし……今は何も聞かなかった事にしますわ……」
目の前の水たまりが一杯になっている噴水に、彼女たちは何も言いたくないようだ。
噴水は何のアクションも起こさないため、水が満たされてゆくにつれ彼女たちの不安も満ちてゆく。これでもし何も無ければ――彼女たちの努力は全て
そして、それが……現実に起ろうかとしていた。
「もう、思いつくのはないわよ……」
「私も合ってるとは思いますが、他に何かあるのかもしれませんね」
「それこそ“メダル”とか? あれ、五十枚で『何かを開く』とあったし」
セラフィーナの言葉に、テロールはふと気になっていた事を思い出した。
「そう言えば、“メダル”はここで死亡した者と引き換え、なのですわよね?
では、その死者とどうやって交換しますの?」
「それが、私にも分からないのよね……。
見てやろう、と思ってもいつの間にか寝ちゃってたし……姉さんは?」
「私も確認しようと思いましたが、同じく眠くなってしまって……」
「まぁ、姉さんは徹夜できない人だからね……気がついたら寝息立ててるし。
うーん……“メダル”も一枚足りないなら、一人殺っちゃう?」
「ですが、そんな都合よく“
「ああ、なら捕えた盗賊団のメンバーを使えば良いですわ。
今、極刑の順番待ちしてる状態ですの」
囚人の管理は子爵に任せているのだが、檻が一杯で、食事代もかさみ続けているため予算の追加を申し出てきた、とテロールは続けた。
子悪党から悪党まで……どれも温情を与えるほどでもないため、檻ごとまとめて焼こうかとの案まで出ているらしい。
彼女らにとって墓穴のいらないここは、処刑場に最も相応しい施設であろう。一人ではなくいっそ十人くらいとテロールは言うが、あまり多くの人間にここ城館を知られるわけにはいかないため、今回は様子見と言うことで要求を引き下げて貰った。
テロールはすぐに城に戻り、“死刑囚”の手配を始めていた。
この城・彼女に長く仕える臣下ですら、“真実”を知る者はいない。これは。囚人の管理を行っている子爵も同様であり、テロールは要請すると共に全てを打ち明け、秘密裏に事を進めるように指示を出していた。
子爵は驚きの表情を見せたものの、王女が“純潔”である事に安堵の息を吐き、同じく事情を知るエリックと共にならば――と条件を出し、テロールはそれを承諾した。
いくら観念しているとは言え、囚人を王女一人に任せるわけにはいかない、との考えからであった。
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人目につかぬよう、囚人はその夜の内に連行される事となった。
表向きは『“巣穴”の調査、現場検証に向かう』とし、エリックと僅かな供回りはズタ袋を被った囚人を連れ、魔女の城館に続く獣道に向かっていた。
一方で、妹のテロールは城館・ミラリアの居室で待機している。徹夜に備え、眠気さましの飲み物と夜食をしっかりと用意されているようだ。
「ああ、わくわくしますわねっ!」
「遊びじゃないのよ……まぁ、テンション上がるのは分かるどね」
「睡眠不足は美容の大敵……私は早く寝たいです」
目を擦っているミラリアと、呆れながらも同じく楽しそうなセラフィーナ――年は大きく違えど、見た目はほぼ同年代である。このような“パジャマ・パーティー”に密かに憧れていたテロールの胸は、ずっと跳ねっぱなしだった。
見慣れた部屋であるが、テンションが上がると何でも楽しく見えてしまう。彼女は質素な部屋をぐるりと見渡すと、ふとミラリアのベッドの上に、奇妙な仮面が置かれている事に気づいた。
「その、不気味な仮面は一体何ですの?」
「ああ、これですか? さっき、荷物整理していたら出て来た物です」
「げっ、それまだ持ってたの……!?」
「私の“魔法”に対抗するため、フィーちゃんが一生懸命作ったマスク――こんな良い物を処分するはずないじゃないですか。ふふふ」
口元がラッパ状に伸びた、頭蓋骨のようなデザインをしているそれは、反抗期時代のセラフィーナが作ったマスクである。
ミラリアの“毒”を防ごうと考案した<
「でも、何でまたそんな物を引っ張り出してきたの?」
「いえ……ちょっと気になる事がありまして。
私のブラ知りませんか? いくら探しても、一つ見当たらないのです」
「ん? 私はつけてないわよ?」
「分かってますよ。フィーちゃんと私のはサイズが違いますし、それを理解した上でつけていたら……お姉さんはとても悲しくなります」
「何でよッ!? ちょっとぐらい見栄張ってもいいじゃない!?」
「全て真逆ですものね……」
セラフィーナは昔、ミラリアのそれをつけ外に出た事がある。ぼろ布で嵩を増したそれに、男たちの注目は倍増――舞い上がった反面、帰ってから本気で落ち込んだのだ。それ以降は、乾いてなかった時などの緊急時以外では身につけない。
「はぁ……嫌な思い出を思い出したわ。でも、ブラならお風呂場とかじゃないの?
この前もショーツ忘れて行ってたでしょ?」
「ああ、そう言えばそうかもしれませんね。探しに行くついでにお風呂にも入りましょうか――フィーちゃん、ちょっと熱めのお湯をお願いしますね」
「はいはい」
「処刑は……兄様が到着し次第やってくれますわね。わたくしも入りますわ!」
間もなくエリックの到着する頃であるものの、彼女たちがそこに立ち会う必要。
その後の死体の行方を追うだけであるため、処刑に関してはエリックに一任しているのである。
女たちの役目は、
女三人は和気藹々と準備を整え、浴場へと足を向けてゆく。
セラフィーナの言葉通り、ミラリアのブラはそこにあったのだが――。
「……」
「……」
ブラに鼻を突っ込み、ワフワフと喜んでいた
非常に気まずい空気の中、黒犬は何事もなかったかのように『忘れ物です』と言わんばかりに、口に咥えながらミラリアの所に運んで来るが……
「あらあら、いけない子ですね――」
城館の外では囚人の命乞いが響いているが、地下にいる彼女たちには届いていない。
当然、地下にいる犬の命乞いもまた、地上にいる“処刑人”の耳には届かない。
秋の夜は長く、空気も昼間と打って変わって冷たいものに変わろうかとしている……が、脱衣場だけは真冬のような冷たい空気に包まれていた。