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5.王女襲来(1)

 四日ほどが過ぎ、この日は太陽がギラギラと輝いていた。
 真夏ほどの日差しではないものの、それはまだチリチリと肌を焼くような痛さを伴う。
 そんな炎天下の中、ピンクのドレスアーマーを身につけたテロールは、ガサガサと鬱蒼と茂る草木を掻き分け、魔女の居る城館を目指していた。
 強い日差に、胸部の金属鎧部分が熱を帯びる。慣れぬ鎧に、思うように身動きが取れない事も相まって、彼女はどうしてこんな道を……と、イライラが溜まってゆく一方であった。

「ああもう、鬱陶しい道ですわ……リュク! 水!」
「は、はいっ! ですが、あまり飲みすぎると……」
「何? 私に指図するんですの?」
「い、いえっ申し訳ありません! ど、どうぞ!」

 テロールは鼻を鳴らし、差し出された竹筒をひったくった。するとすぐにゴクゴクと喉を鳴らし、乾いた喉を潤してゆく。リュクが差し出したそれは三本目である。
 まだ多く残っているものの、このような場合はがぶ飲みせず、口に含む程度に留めなければならないのだ。
 少ない供回りもそれを諌めようとしたが、テロールが臍を曲げれば、明日から働き口を探さねばならなくなってしまいかねない。そのため、見て見ぬフリをするしかなかった。

(ふんっ、たかだか魔女二人捕まえるだけ。
 お父様ったらこんなに兵士をよこさなくて良いのに。私一人で十分ですわ!)

 テロールは、二十人ほどの兵士を見やりながら鼻息を荒くした。
 <魔女狩り>用の小剣を得てからと言うもの、彼女は早くこれを振り回したくてたまらないようだ。
 獣道抜けた先にある城館――それが見えるや、気が昂ぶるのを感じていた。


 ◆ ◆ ◆


 城館にいる姉妹たちも、ここに近づいてくる兵士たちの存在に気づいていた。

「ついに、来たわね……」
「数は二十四人……わがままそうな女の子が隊を率いてるようですね」

 森の中や城館には、ミラリアの“魔法”の糸が張り巡らされている。
 各所に設けられた<スフィア>同士を繋げるのもあるが、これは彼女そのものの“魔法”である。
 彼女は目を閉じながら、それに触れた者を慎重に探っていた。

「あー、ここの王女がそんなだって聞いたことあったね。
 ワガママでも悪い印象は与えない、いい子だとか」
「あら――」
「何、どうかしたの?」
「いえ、何でもありません……何でも、ええ……」

 ミラリアは妹に気づかれないよう顔を伏せたが、その一瞬に不気味な笑みを浮かべていた。

「ですが、彼女が持っている剣はマズいです」
「剣?」
「ええ、黒魔女の天敵――」
「も、もしかして、<マジックイーター>!?
 あれは、“灰の魔女団”しか作れないし、“白の魔女団”が管理する物よ!?」
「ええ……。いくら王族とは言え、一介の人間がどうしてあんな物を……」
「――まぁ、確実に言えるのは、話し合いでは解決出来なさそうってことね」
「西棟は私が守りますので、こちらにも回してください」
「あら、今回はいつになくやる気ね」

 姉の珍しい姿に驚き、セラフィーナは眉を上げた。
 ディフェンスには変わりないが、その目には力が込められている。
 突然やる気になった理由は不明であるものの、参戦してくれるのならば、これほど心強い物はない。

「じゃあ、今回はバルコニーに出て挑発しないけど――無理はしないでね、絶対」
「ええ、分かってますよ」

 結界を張っているのはミラリアであり、城館に張り巡らされた糸から、“操作盤”を使って調整せねばならない。
 しかし、彼女は常に“魔法”を使用している状態でもあるため、あまり大きく使わせるわけにはいかなかった。
 セラフィーナは、強く姉に念押しをしてから姿を見せぬように、急ぎ自分の区画へと歩を進める。

 相手は盗賊とは違い、堂々と格子門をくぐっている。
 盾や金属製の鎧――身なりもしっかりと整えられており、罠を抜け近接戦に持ち込まれると厄介な相手であった。
 ……と言うのも、王女が持つ剣<マジックイーター>と呼ばれる物が大問題なのだ。剣の名の通り、その刃には魔女の“魔法”を喰らう印が刻まれている。
 喰らうのは魔女が放つ“魔法”だけではない。<新・スフィア>は“魔法”の塊であるため、消滅……発動しても威力の減衰が大きいのだ。
 魔法が得意な“黒い魔女団”用に作られたそれは、今の彼女たちにとっても天敵である。

(私たち、“灰の魔女団”と戦争なんて想定されてないからだけど……。
 そもそも話も聞かず、何で問答無用で攻撃仕掛ける気満々なのよ。
 相手が“白の魔女団”だったらどうするつもりなの)

 “白の魔女団”は、表の顔は支援団体である。その行動に裏があれど、彼女たちを敵に回すと言う事は、国を支える民を全て敵に回す事にも繋がってしまうのだ。
 ただでさえ扇動まで行う組織に対し、自らの首を絞める行為に出るなぞ浅はかにも程があった。

(“白の魔女団”があの剣を渡した……のも考えられるけど、それでも関係者が管理しなきゃいけないし。
 もしあれが“黒の魔女団”に渡ったら、ホント洒落になんないわよ……)

 セラフィーナは玄関ホールの角に背をつけ、静かに息を吐いた。
 挑発はしない、と言ったが相手を招き入れねば話にならないのである。
 ギッ……と音を立て、静かに扉を開くと――眼前に広がる幾多もの兵士が、たじろいだように見えた。
 ある者はまさか出てくるとは思わず、ある者はその色香に魅せられ……また、ある者は勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
 それが顕著に表れているのが、中央に立つ縦に巻かれた金髪が特徴的な女――テロールであった。

「オーッホッホッ! 我々に恐れをなし、降伏するとは賢明な判断ですわ!
 そこに両膝をついてお待ちなさい。このわたくし、テロール・ユリス・ドゴンが直々に首をハネて差し上げましょう!」

 高笑いを浮かべるそれに、兵士の緊張が和らいでゆくのが感じられた。
 同時に、セラフィーナは『やはり……』と心の中で舌打ちをした。この者たちは、捕える気なぞなく、鼻っから“処刑”するつもりでいるのだ。
 この時、彼女の腹が決まった。テロールの言葉に従って両膝をつくや、彼女はおもむろに――

「な、何をなさるのですッ!?」

 セラフィーナは、胸元を覆っているチューブトップをまくりあげ、その女の双峰を兵士たちの前に露わにしたのだ。
 それを見た兵士……男たちの視点はある一点に、押すな押すなとうごめき合い始め、王女であるはずのテロールですら、押しのけられそうになってしまう。

「あらん? どうせ首をハネられるのなら、ちょっと楽しんでからでもイイでしょ?
 アンタのより、私の方がイイみたいだし――ほら、生唾よりも、私のを飲み込んでみない?」

 一人の兵士の目にウィンクを送ると、それはだらしなく鼻を伸ばし始めた。
 それに対し、テロールは顔を真っ赤にプルプルと震え始めている。

「は、破廉恥ですわッ! 貴女に“恥じらい”と言うものありませんのッ!?
 こ、こんな男たちの前でそのような……」

 屈辱であった。表向きはふしだらな魔女の姿に苛立っているが、心の奥底では、言葉にできぬ敗北感を味わっている。
 自分の後ろでは、見えた見えぬと男たちの身体がドンドンと背中を叩く。それはすなわち、目の前の王女など小石にも思っていない事であり、目の前の淫らな女がまるで、“女神”のような目で求められていると言うことだ。女としてこれほど屈辱的なことはない。
 その一方で、男の“欲望”の目を集めている女・セラフィーナは優越感に浸っていた。

「あら~? ずいぶんと悔しそうね。
 ま、そんなお肉ばっかりの身体じゃ当然か、オ~ホッホッホ!」
「ムギギギギーーッ!!」
「さて、皆へのサービスはここでオ・シ・マ・イ♡ 続きが欲しかったら、見つけた人に――もっと先も、あるかもしれないわよ? じゃ、ばいばーいっ」

 男たちからの落胆の声を背に、くるりと身を翻したセラフィーナは、背中越しに小さな笑みを浮かべた。
 男からすれば女の誘いの微笑みであるが、女にはそれは敗者へ向けた勝者の笑みだった。
 後を追いかけようとした兵隊に押され、前につんのめったテロールの怒りはいよいよ爆発しそうである。
 ギッと強く睨みつけられ、ようやく男たちも魔女にかけられた魔法から目を覚まし、キリっと顔を引き締めた。

「もう遅いですわッ!
 明日は城どころか、この国から強制退去を覚悟なさいなッ!
 あの魔女を捕えたら、必ずわたくしの前に引きずり出すこと! いいですわね!」
「ハッ――全軍、前へーッ!! 魔女を捕え、イイ事……じゃない、姫様の御前に連れてまいるのだッ!!」

 テロールは『こいつだけは断頭台にかけてやろう』と心に決めていた。
 その横では、リュクが前かがみのままモジモジしているのを見て、情けないため息を吐いてしまう。

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