03
人の手が入っていない建物は、あちこちにひびが入っていた。歪んでしまって完全に閉められない扉の隙間を通ると、すぐにたくさんのベンチと祭壇がある広間に入る。
とはいえ、ベンチは好き勝手に転がされているし、祭壇だって立派なものではない。辛うじて残された金属製のなにかは、元が分からなくなるくらいに錆びている。
じゅうたんの剥がされた床板の上を、慎重に進む。
やかましく軋む木材は、少し体重をかけただけで簡単に折れてしまいそうだ。さらに、厚く積もった埃が一歩進むごとに舞い上がって呼吸を阻害する。
祭壇の上に辿りついて、一息。普通ならば神父だか牧師だかしか立たない説教台の裏に、地下へ続く隠し扉がある。
円型の取っ手を掴み、力を込めて持ち上げる。
金属音を立てながら、どうにか開いた扉の隙間へ体を滑り込ませた。
頭上で扉を閉めると、今度こそ真っ暗になった。濃厚すぎる闇は、液晶の明かり程度ものともしない。同時に、ふわりと漂ってきたのは上品な花の香りだ。
「……オクルス、いるんでしょう?」
暗闇の中に声をかける。
すると、広さすらうかがえない空間で、なにかが動く気配がした。
「随分はやかったね、レディ」
男の声が返ってくる。
演技かかった口調は、何度聞いても慣れるものではない。いつでもなにかを企んでいるような、もったいぶっているような気がして、つい嫌な予感を抱いてしまう。
「出迎える準備を済ませていなかったのは、完全に私の失態だ。申し訳ない。許していただけるだろうか?」
「申し訳ないと思うなら、すぐに明かりをつけてくれない?」
「あぁ、そうだったね。失礼──」
男の言葉の途中で、柔らかい明かりが灯る。
「これでいいかな、レディ」
ろうそくの火に照らされた地下室は、荒れ果てた地上の教会を忘れさせるような造りになっていた。
豪華絢爛。その一言に尽きる。王家が強い権力を持っていた時代のヨーロッパを思わせる内装を、壁に取りつけられた燭台が照らしている。
声の主は、部屋の真ん中に置かれた二人掛けソファに座っていた。
ターコイズブルーの華美な燕尾服で身を包んだ男の髪とあごひげは、薄い水色をしている。明らかに不自然な色素なのに気味が悪いほど似合っているのは、彼の目元を仮面が覆い隠しているからだろうか。
私はスマートフォンを上着のポケットに戻して、階段を降りる。靴底から伝わる感覚は、武骨な石から毛の長いじゅうたんへ変化した。きちんと地面を踏んでいるかすら怪しくなる柔らかさが、内装は幻覚でないと証明している。