02
衣服越しに、胸骨と肋骨を感じ取る。外気に冷やされていた指に、男の体温が染みていく。骨の奥にはゆったりとした鼓動があって、しかしそれも、クッションで呼吸が阻害されて徐々にテンポを速めていった。
男の意識が完全に覚醒する前に、私は肋骨の隙間にナイフの刃を突き立てた。
死につつある体が、一度だけ跳ねる。
心臓に突き刺さったナイフが、その最後の鼓動を私の右手に伝えて、それっきり沈黙した。
静かな死だった。
音と声の区別もなく、男の声帯から発される音はクッションが吸収してしまった。
さっきまで感じ取れていた鼓動も、今はない。
まだ保たれている体温も、いずれ外気と同じになってしまうだろう。
返り血など浴びていない自らの顔に、左手で触れる。
最初の一度目に得た感動は、もうない。けれど、鮮やかな色を放つ人々の中に生きる灰色の私が色を得るのは、誰かを殺した直後だけだった。
返り血を浴びようと浴びまいと、それは関係ない。
灰色の仮面を打ち破り、どす黒い感情が解放されて、私はようやく色を得る。
胸の奥から湧きあがる笑みを、口元だけに押しとどめる。ゆっくりと色に浸っている時間はない。死体からナイフを抜いて、ガラス戸から外へ。
後ろ手に戸を閉めると同時、上の階の照明が切られた。
誰も彼もが寝静まる夜。私の頭だけが、鮮烈に冴えていた。
*
それからしばらくして、私は夜の町を歩いていた。
家々が競うようにイルミネーションを輝かせていた住宅街からも、灯の消えない繁華街からも離れた暗い一角だ。
周りにあるのは、空き家のまま放置された古い家や、開いているかどうかすら怪しい商店。それでも、周りの道が混んでいるときには抜け道として使われていて、道路としての利用者は多いから街灯はきちんと仕事をしている。
道路だけが照らされている通りには、放置された教会も含まれている。
寂れた景色に溶け込んでいるその建物を、私はこれまで何度見落としただろうか。ようやく目が慣れて、私は目的の教会の前で足を止めた。
錆びた門を押し開いて、敷地の中へ。
扉につけられていたらしい十字架が、雑草の間に落ちている。
それ以外は、ほとんど闇に呑まれてしまっている。光源らしい光源など、一つもない。私はコートのポケットからスマートフォンを取り出して、液晶の明かりを頼りに足を進める。