6.スィートホーム
「な、なにこれ――!?」
セラフィーナは目の前に広がる光景に、驚愕の声をあげた。
ミラリアに案内された場所は、西棟の空き部屋の床下に隠された、地下室に繋がる階段であった。
彼女曰く『たまたま床石に筋が入っているのに気づき、それを持ち上げたら発見した』らしい。その階段を下った姉妹の視線の先には、正方形の床石が隙間なく敷き詰められ、その先には巨大なプールのような――大浴場が広がっていたのだ。
「お風呂まで完備、なんて最っ高! ……って思ったけど、やっぱ水源は枯れてんのね」
セラフィーナは<マジックスフィア>に魔法を掛け、白い昼光色の明かりで周囲を照らしながら、残念そうに呟いた。
水は遥か昔に枯れたらしい。腰の深さほどの浴槽の底には、水の代わりに埃がびっしりと溜まっている。
いくつかの足跡、真っ直ぐな伸びた筋、そのすぐ傍に大きく丸い跡が残されているのが見える。――恐らく足を踏み入れたミラリアが、埃で足を滑らせ尻もちをついたのだろう。彼女の尻をよく見れば、まだそこにうっすらと埃がついている。
「問題は……この壁に設けられた、穴と受け皿です。
とりあえず、見つけたままにしてあります」
彼女は、その一角――壁に設けられた
水受けもあるが、そこから水が流れ出たような痕跡が見当たらない。奇妙に感じたセラフィーナは、その受け口をじっくりと観察し始めると、
「ん? これ“メダル”? 何かくすんでるけど……」
「ええ。そのようです。
ですが……くすみ以外に、気になる物がありませんか?」
「くすみ以外……んん?」
見た所、メダルは五枚――
それ以外では特に気になる点もない。間近で見ていたセラフィーナは、眉をひそめ鼻をむずむずさせ続けるだけであった。
「ほかに何も……ふぇっ、ぐしゅんっ! あ゛ぁ゛―……埃っぽい……」
「……その埃です。綺麗すぎるとは思いませんか?」
「綺麗? こんなに埃まみれなの――あっ!」
セラフィーナが声をあげたと同時に、再び埃が舞い上がった。
ミラリアの言葉の通り、確かに『“メダル”が綺麗すぎる』のである。
「あれ? 何でこれだけ、埃が積もってないの?
元からあったとしたら、全部埃の中に沈んでるはずだよね?」
「
ですが、元々はそこに無かった物だとすれば――?」
「あ……そっか……って、え? ちょ、ちょっと待って!
え、あれ……何か、とんでもない事が思い当たったんだけど、何で……」
「恐らくフィーちゃんは、私と同じ疑問を抱いているはずです。
ここにあるのは、つい最近転がり出て来たであろう“メダル”――。
その枚数は五枚。そして、盗賊さんを退治した数と、ここで消えた遺体の数は――?」
「五つ……ど、どう言う事なのよ。ここって、もしかしてまだ……」
「ええ……。ここは恐らく、
持ち主は消えてもなお、この建物だけは今もこうして口を広げ、命を、血を、肉体を待つ建物のようです」
“餌の報酬”が、この“メダル”であろう――ミラリアの声は恐ろしくあった。
人を喰らう家は確かにいくつか存在する。しかしそれは、高等な魔女が“
そして、そのような“
……にも関わらず、この館は何らかの目的のため、主人不在のまま
「家は住まなきゃ駄目になる、って言うけど……」
「恐らく住まなかったゆえに、“駄目になった”のでしょう。
今は最低限の機能を残し、力を温存するために眠っている――と考えられます」
「捕食――死体を喰らう空き家、か。
……じゃあ、このメダルは、ご飯をくれた、私たちへのご褒美って事?」
「そうでしょうね。
ミラリアはそう言うと、排水口から“
「……こうして“餌”を与える事で、足を踏み入れた私たちに“何か”をさせたい。
あくまでこれは推測にすぎませんが……フィーちゃんはどう思いますか?」
ミラリアは厳しい目線で、セラフィーナをじっと見つめている。
妹の一存で決める――今までに見た事もないような姉の真剣な面持ちに、セラフィーナは顔をしかめていた。
「――ふぇっぐしゅんっ! ああもうっ、ここも掃除しなきゃね。
どっかから水引っ張って来れないなぁ……お風呂も入りたいし」
「……私の話を聞いておられましたか?」
「ん? ああ、別に……ぐしゅんっ……“黒い”予兆が無いならいいんじゃない?
そんな“メダル”に価値はないだろうけど、集めたら何か“ご褒美”くれそうだし、やらない手はないよ。
“餌”を与え、与えられる。ケチはついたけど、逆に“餌を与える”ことにもなるわけだし。
ああ、どんなお宝か今から楽しみでしょうがないわね!」
「はぁ……もう少し真剣になって欲しいものですが……。
まぁ、フィーちゃんがそう言うのなら、私もこの城館の謎解きを行うとしましょう」
ミラリアは呆れたように頬に手をやりながら、小さくため息を吐いた。
だが、内心は妹の選択を喜んでいる。良い方向、悪い方向、どちらに転ぶ結果になっても、この城館の謎はきっと妹の成長に繋がる――と考えていたからだ。