Ⅵ
「「え?」」
アイリスとクラークの声が被る。
二人はロイを見るがその眼は真剣そのもの、むしろクラークを敵対視しているような目だった。
「何を言っているんだ、ロイ。私はクラークだよ」
クラークはそう言いながらロイに近づく。
「来るな!」
ロイは今までに聞いたことのない大声でクラークを止めた。
その眼に確実な殺意を抱いて。
「お前はクラークじゃない。本物をどこへやったと聞いたんだが答えなかったな」
さっきのクラークはどこだとはそういう意味だったのか。アイリスはようやく理解した。
密室に緊張が走る。
そこまで暑いわけではないのに自然と汗が流れる。
「早く答えたほうが身のためだ」
ロイはクラークに対し、構える。
手にはノーツが浮かんでいた。
「ク…クク…ククク…アッハハハ」
突然クラークが笑い出す。
そしておもむろに仮面に手をかけて外した。
そこには悪魔のような顔をした怪物がいた。
「はぁ…、ばれちゃったか。でも、お前ラはこコでシぬわけダから問題ナいかな」
ぐにゃりと奇妙にゆがむ顔。
怪物はケタケタと笑う。
「……」
ロイとアイリスは静かに戦闘の準備をし、相手が出てくるのを待つ。
「オいおい、そンな怖い顔しナいでヨ。君たチの死ニ顔は絶望の顔のホうがいイんだカら」
顔がどんどん形を変える。
アイリスたちの前に立つころには前の面影はなく、不気味な笑みを浮かべる怪物になっていた。
「ドうしタ?マサか、怖くて動けないノカな?じゃあ、遠慮なク狩らセてもらウヨ!」
怪物は手に持っていた鎌をアイリスめがけて大きく振りかぶる。
アイリスは鎌が当たる寸前で避ける。
鎌が床に突き刺さり、木片が飛び散った。
「次は当てル!」
床から鎌を引き抜き、構えた。
「止めとけ、そんな棒切れじゃあ僕たちを殺せないよ」
いつの間にか怪物の背後に回っていたロイが鎌を指さした。
その鎌の先にはさっきまであったはずの刃がなく、ただの棒と化していた。
「こレが“不協の印”カ。なかナか面白い魔法ダね。でモ無意味だ」
怪物は手を天に掲げる。
すると怪物の手に黒い靄が集まり、鎌が出てきた。
「お前ラは魔法を使うダけ無駄だって事さ」
怪物は鎌をロイに振る。
ロイはぎりぎりで避けて、刃に触れる。
「“イレイス”」
触れた刃がなくなっていく。
そのたびに怪物は黒い靄を出して鎌を出す。
そんな戦いがしばらく続いた。
消耗戦が開始して数十分が経っていた。
ロイも怪物も少しずつ疲れが見えてきたが、まだ怪物のほうが優勢に見えた。
「はぁ…はぁ…。君もあきらめが悪いね。魔物といえど、そろそろ魔力が切れてくる頃じゃないか?」
ロイは息切れしながら言う。
「はっ、人間ごトきに心配サれるとハね。魔物の魔力はホぼ無限だ、切れルことガあってタまルか」
怪物は黒い靄を出しつつ言ったが、鎌を出すスピードが目に見えて遅くなっていた。
両者が明らかに消耗しているのに対してアイリスはもどかしい気持ちになった。
自分も何か力になりたい、そう思ってもアイリスはノーツ以外の魔法が上手く使えなかった。
「そろソろ終わり二しヨうか」
怪物は無数の鎌を召喚しロイを囲んだ。
ロイを囲む鎌の空間は少しずつ小さくなっていく。
こんな状況でも何もできない自分を恨む。
私にはノーツしかない……?
そうだ、私にはノーツがある。すべてを元に戻すノーツが!
アイリスは決意に満ちた目で怪物を見る。
「待って!ロイを殺すのは私を殺してからにしなさい!」
怪物は口角をあげて笑う。
「いいネぇ、そノ威勢。その顔ヲ絶望に変えるノが好キなんだヨ」
怪物はロイの空間をどんどん小さくしていった。
「あなたが従わないならしょうがないわ」
アイリスは手を前に構えてノーツを発動する。
「過去へ戻れ“ウルズ”!」
強烈な光が部屋を包んだ。
次の瞬間、砕いた床の木片が、怪物の出した鎌が、すべてが元に戻っている。
いや、すべてではない。怪物は消耗しきった姿でそこに立っていた。
「今、何をした…クソアマァ!」
怪物は怒りをあらわにした。
「私たち以外の物を元に戻したわ。これであなたは鎌を出せないはずよ」
アイリスは怪物をしっかりと見つめながら言った。
怪物はもう鎌を出す魔力も残っていないようで、フラフラとしながらアイリスに向かって走る。
「よくやった、アイリス」
ロイは怪物の足を引っかけて転ばせ、床に突っ伏したところで腕に銀の腕輪をはめた。
怪物が暴れても腕輪が外れることはなく、ガチャガチャと金属の音が響くだけだった。
「さて、本物のクラークはどこにいるの?」
ロイは怪物に微笑みかけた。
純粋に、楽しそうに、残酷に笑いかける。
メキメキという音とともに腕輪が締まっていく。
「グァァァァ!」
怪物の悲痛の叫びが部屋中にこだまする。
ロイの笑みには狂気が混じっていた。
アイリスはロイも怪物に見えてしまった。
「ほら、早く答えないと危ないよ?」
ロイは怪物に話しかける。
「グ…。ホ、本物は宿屋の3号室ダ…」
ロイはそれを聞いてアイリスのほうを向く。
行ってきてくれという目をしていた。
アイリスは頷き、走って外へ出ていく。
「さて、君に最後の質問をしよう。どうやって殺されたい?」
ロイは怪物の目をよく見て話す。
その眼には狂気と冷酷さとが混在していた。
「そレじゃ、苦しマないよウに首を切っテくれ」
怪物は諦めたようにため息をつきそう言った。
ロイが懐から短剣を取り出す。
「ア、首を切る前ニ立たせテくれなイか?さすガに寝たまマは格好悪いだロう?」
ロイは黙って怪物を立たせる。
怪物はニヤッと笑う。
「あア、ありガとう。おかゲでお前を殺セる」
怪物は腕輪を引きちぎり、ロイの首を絞める。
ぎちぎちと音を立てていく。
「私は腕輪ヲ持ってイないかラな、首を絞メてやるヨ!」
ケタケタと笑いながら首を絞める手に力を込めていった。
「クラークの格好をしながら言うな…!」
ロイは精いっぱいの力で答える。
しかし、それでも少しずつ力が抜けていってしまう。
「ああ、悪いネ。でも、こウすれバ絶望の顔をしテくれるカなと思ってサ」
怪物は口角を上げて笑う。
上げ過ぎた口が裂けていく。
「あ、そウそう。最期ニ何か言いタいことハある?」
裂けた口がぐちゃぐちゃと音を立てる。
「それじゃ…お言葉に甘えて…」
ロイは必死に呼吸をしながら答えた。
「お前はクラークのことを全然知らない!」
ロイは怪物の腕に噛みつく。
それに驚き、怪物は手を緩めた。
その隙にロイは逃げだす。
「逃げラれなイよ!」
怪物がロイを掴み、床にたたきつける。
どんっという鈍い音が鳴った。
(肋骨折れた?)
ロイはゆっくり自分の胸のあたりを触る。
幸い骨は折れていないようだった。
ロイが確認している間に怪物はロイに近づき、馬乗りになった。
「今度ハ離さナいよ」
怪物はもう一度首に手をかける。力強く、殺意を持って。
ロイの顔に脂汗が流れる。
もう死ぬのは時間の問題だろう。
このまま死ぬのもしゃくだな、ロイはそう思って怪物に話しかけた。
「お前はクラークを知らないと言ったからには教えてやらないとな」
怪物は黙って首を絞め続ける。
「まず、クラークは僕のことをロイだなんて呼ばない」
首を絞める力が徐々に強くなる。
「次、クラークは君よりもおかしい奴だ」
怪物は精いっぱいの力でロイの首を絞めた。
「た…例えば…自分の…偽物の首を…切り落と…したり…とかな…」
バスッ
怪物の首がロイの腹に落ちてくる。
「悪い、遅れた」
怪物の首があったところに片手を置いて一人の男が立っていた。
「遅かったね、クラーク」
ロイはクラークの手をつかみ、立ち上がる。
こうしてロイはかつての友人と奇妙な再会を果たした。