06
「もう、役割は充分果たしたんじゃないか?」
「それを決めるのは、あなたですよ。これはあなたの馬なんですから」
「そいつの記憶は──」
「いえ」
ニコラが否定で遮る。
「あなたが言っているのは、彼らが生きていたころの話ですよ、十三番。彼らは死に、あなたが生まれ……そして、あなたは【死神】へと近づいている。この死体は、あなたの領域のものですよ」
十三番は息をのんで、ニコラへ目を向ける。
まっすぐに向けられた灰色の瞳は、かすかに憂いの色を含んでいた。
「あなたはすでに【死神】の半身なんです」
それは、先刻聞いた言葉を単純に言い換えただけ。
にもかかわらず十三番の目が揺れたのは、言葉の意味を正しく受け取れていなかったからに他ならない。
ただの人間だった青年と、ほとんど魔術と言っていいアルカナの【死神】。
十三番という人格は、その間を埋めるように存在している。
死んだ青年の体を使っているのが十三番だとすれば、死んだ馬の体を扱ってもさほど不自然ではない。
十三番は苦笑して、ニコラから目を反らした。
残された記憶に引きずられているのか、それとも【死神】の影響がまだ弱すぎるのか。どちらにしろ、十三番が自身を正しく理解できていないことだけは確かだった。
なにせ、半身であるはずの【死神】を扱った魔術すら使えていない。
象徴は用意され、残るは「意思を固める」だけだというのに。
「悪いな、覚えが悪くて」
「謝る必要はありませんよ」
それに、とニコラは続ける。
「あなたが来てくれて、私は感謝しているんです」
「感謝?」
「ええ。ですから、ここに来てあなたが背負う苦労なら、少しでも軽くできるようにしましょう」
当たり前だと主張するように、ニコラは変わらない口調で言いきった。
そして、中庭と廊下を区切る低い壁に向かって歩み、立てかけていた長い杖を手に取る。
「昨晩の記憶は、まだ残っていましたね」
「あぁ」
「では、この神殿に入ったときに、真っ先に感じたのは?」
「……風の流れが悪かった」
ニコラは頷いて応える。
「【世界】が神殿全体に、不変と停滞を望んだのです。アルカナと同一化できなかった弟子が全員死んでから、本当に長い間……風すら流れることを忘れるように、建物全体を維持し続けてきました」
十三番が思い出したのは、異常さに満ちた昨晩の神殿だ。
管理の行き届きすぎた石壁。蜘蛛の巣はおろか埃すらない廊下。
そのくせ、この神殿には、今だって恐ろしいほどに人の気配がない。