05
続いて、薬草の香りの隙間から存在感を放つ──腐臭。
「それ、は……」
倒れ伏す鹿毛に、覚えがあった。
夜の森の記憶が脳裏を焼く。
全て忘却したと思い込んでいた固有名詞は、なぜか彼のものだけ鮮明に残っている。
「やはり、あなたの馬でしたか」
ニコラはそう言って、体の位置をずらす。
露わになった馬は、馬具を外され、汚れを落とした状態で薬草と薬液に彩られていた。
その鹿毛と、折れた右前足だけが、昨晩の記憶と合致する。
「──カルム」
呟いた十三番の視界の端で、ニコラが目を見張った。
なぜ彼の名前だけ覚えていたのか、十三番にも分からない。思い当たる理由といえば、最後に呼んだ名前であることくらいだろうか。
連想的に思い出された感情を受け流せず、締め付けられるような息苦しさがあとに残る。
「随分と、縁の強い関係だったようですね」
確認のように、ニコラが言った。
そして、手に持っていた薬草を足元の袋に収める。似たような袋がいくつも転がっているのは、複数の種類を使い分けていたからだろう。
馬の死体の周りには、薬草が入っているらしい袋以外にも、薬液が中途半端に残った瓶が散らばっている。中には、物々しい──動物を解体するために使うような器具さえ見受けられる。
よく見れば、馬の腹には内臓を抜き取ったような縫いあとがあり、薬草で隠された目元には眼球が存在するような皮膚の陰影がない。
「なぜ──防腐処理を?」
自分の声が思いのほか低くなって、十三番自身も戸惑う。
カルムと名付けられた馬は、記憶を共有するだけの他人の相棒だったはずだ。
「馬はアルカナの【死神】に描かれていませんが、決して無関係ではないのですよ」
気にした風もなく、ニコラが応える。
「人間は死から逃れられない。人を逃がさない速さで駆ける馬は、それこそ死を司るものの乗り物に最適でしょう。おそらく、あなたが【死神】の扱いに慣れれば……彼があなたの足になってくれるはずです」
あなたが望めば、と続けたのは、ニコラの気遣いだったのだろうか。
十三番はその言葉に即応できない。
ただ、馬が【死神】との強い関係を持っているのならば、命を削ってまで走り続けた理由もそこに求めるべきなのだろう。
十三番を──十三番となった青年をここへ導いた。それ以上の役割をカルムに背負わせるべきなのか。判別などつくはずもない。
十三番は馬に視線を落としながら、問う。