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【世界】の言葉で引き出される記憶は、暗い。
「変化があったはずだ。君が腕を失ったのは【死神】の拒絶反応のせい。その拒絶反応を覆し、一息に同一化まで至った意思の変化が。そして──瞳の色の変化が」
「────」
薄闇の中。
驚愕する白服の女の顔を思い出す。
ほとんど気力で視線を動かしたあの瞬間。呪詛のように女の死を願い、その代償に捧げたものはなんだったか。
「死んでも構わない」
続けて言った【世界】の黒瞳が、十三番へと向けられる。
「おおむね、君はそのように思ったはずだ。そして、君は現に死につつある。【死神】は、同一化する相手に死を、そして再生を求めるんだよ」
首筋に死神の手が這うような錯覚に、十三番はわずかに顔をしかめる。
ただ、気味悪く喉に引っかかっていたような疑問が、胃の腑に重く沈みこんでいくような感覚もあった。
「君の再生は完了していない。同時に、君が十三番になる前の、名も知らない彼は、完全に死んでいない。つまり、今の君は死にきれてもいないし、生き返りきれてもいない状態だ。その死と再生が完遂するまでどれだけの期間を必要とするのかは、私にも断言はできないが」
「腕があったことも、いずれは忘れる……か」
「おそらく、今覚えているのも偶然──いや、腕があった期間が長いのだから、覚えているのは不自然ではないか──まぁ、忘れるだろうね」
この子が望む限り、と言って、【世界】は十三番の懐に【死神】を収める。
元からアルカナを収めるために作られたような衣服の作りは、実際、この神殿にいた人間の全てが、アルカナの所有者だったからなのだろう。
【世界】の言動から鑑みるに、すでに死んでしまったらしい弟子の遺品か。
「──ここに来た理由も、忘れると思うか?」
十三番の問いに対し、【世界】はしばらく答えなかった。
衣服と革ベルトの上から【死神】を軽く叩き、首を傾げる。
「まぁ、五分五分……といったところか。あまりに強く印象に残ったなら覚えていられるかもしれないし、それでも覚えていられないかもしれない。だが、大体は忘れると思っておいた方がいいだろう」
それが死というものだ、と続けられれば、反論の余地はない。
死につつある、という事実は、すでに十三番にとっては問題ではない。彼が「十三番」になる前の人格は、もう「名前も知らない誰か」だ。
精神的な同一性はなく、ただ肉体だけが十三番に受け継がれている。
しかし、「赤の他人」と割り切るなどできるはずもない。徐々に消えつつあるとはいえ、大部分の記憶はまだ残っているし、そこには感情も付随している。
「察するに、やり残したことがあるのだろう?」
【世界】の指摘は的確だった。
記憶に残った遺志は、いずれ消えるものだとしても、放っておくには後味が悪い。
「それならば、ひとつ、いい知らせがある」
そう言って、【世界】は胸を張る。
十三番の背後で、心当たりのあるらしいニコラが重いため息を吐いた。