09
分の悪さを理解したらしい【世界】は明後日の方向へ目を反らし、その場で回転を始める。
カードの姿だったときの絵柄を模しているように見えていたが、単なる癖なのかもしれない。
「はっはっは、なにを言っているのやら」
ごまかす気はなさそうだった。
ニコラは【世界】の態度を戒める様子もなく、部屋の隅に置かれていた椅子を引いて寝台に近づく。
長物を背負うのに、寝台の上は確かに不自由しそうだ。
十三番は足を下ろすと、すでに用意されていた靴を引っかけて立ち上がる。ふらつきもしない動きに、ニコラがわずかに目を見開いた。
「動きに違和感はないのですか?」
「……あぁ」
ニコラに問われるまでもなく、自分でも不自然さを感じるほどに、違和感がない。
両腕は、意識するよりも多くの行動に使われている。欠損すれば大きな影響を及ぼしそうなものだが。
「あったはずの腕の動かし方を思い出せないのも、【死神】の影響なのか?」
十三番が【世界】に話を向けると、ずっと続いていた回転がぴたりと止まった。
目を回す様子もなく、【世界】は顎に人差し指を当てる。
「腕があったのは覚えているのか。……ふむ」
なにやら考え始めた【世界】を見ながら、十三番はニコラに促されるまま椅子に座る。
腕があった、という記憶は、十三番の頭に確かに残っている。
しかし、【世界】に名を問われたときに感じた痛みを考えると、可能な限り思い出さない方がいいことも確かだった。
かすめるような、一瞬の頭痛がその予感を後押しする。
「まずは【死神】についての分析をした方がいいのだろうな。長らく放っておいたせいで、アルカナの意思は私にも計り知れないものになってしまっているようだ」
【世界】は再び「失礼」と言うと、【死神】を手に取り、絵の描かれた表面を撫ではじめた。
「アルカナは意思を持った象徴である分、使い手の魔術師を選ぶようになってしまってな。ある程度の適性さえあれば普通に魔術として使えるのだが……アルカナと魔術師、二つの意思の同調が一定以上になると、アルカナは魔術師に自分と同等の存在になるよう働きかけてくる」
十三番は、黙したまま顎を引く。
その背後から、準備を終えたニコラが帯状に裁断された革をかけた。
「それが、同一化です。私も、言葉が足りませんでしたね」
「いや──まず、その同一化は記憶の欠如と関係があるのか?」
問われ、【世界】は一度息を吐いた。
そして、問い返す。
「君は、気を失う直前になにを思ったか覚えているかね?」