4. 改造人間(4)
「じゃ、そういう事で……」
二人の会話を聞いていると、面倒な事に巻き込まれそうな予感がビシバシするので、俺は彼女たちを見捨てて立ち去る事にした。
「ちょ、ちょっと待て!」
「はい?」
「ここまで聞いて、私達を放おっておくなんて、そんな鬼畜な真似をするのか?」
ちゃんと別れの挨拶をして、歩き始めた俺に対して、アナベルは凄い剣幕で怒り始めた。
「え? いや、だって……助けたし、もうゴブリンもいないから大丈夫じゃない?」
少なくとも、半径500メートル以内には、襲ってくるような動物や2足歩行の生き物が動く気配は無い。うん、安全なので、放置してもいいだろう。この後の事まで責任は取れないよ。
「か、か弱い女性を2人、獣人が住む森に放置して、貴殿は立ち去ろうと言うのか? それでも男か!」
か弱いという所が、プライドがあるのか、少し言いづらそうだったが、アナベルはそう主張する。
だが、俺としては違う部分で少し悩んでしまった。
俺、男だよなぁ……
前世の記憶が無いというのは、こういう時不便だ。
俺の自意識は、自分の性別は間違いなく男だと言っているのだが、鏡に映るの姿を見た限り、そこには性別不詳のシルバーメタリックなロボットが立っているだけだったので、俺が本当に男だという確証が無い。
どうやって、確認すれば……あ、そうだ。
「お、おい! 突然、何を……」
「きゃっ」
アナベルとフローラが顔を真っ赤にして、俺から目を逸らすように後ろを向く。
「何って、ちょっとナニを……」
俺の身体は、俺自身の感覚では人間のままだ。
だから、こうやって触れば……ある……はず。
「あった! よし……これでも男だ!」
堂々と言い返す事が出来たので、これでいいかな。
「き、き、貴様! 姫様の前で突然……こ、股間に手を入れて弄るなどと……破廉恥な……」
あ、そうか。
現在、変身中のため、アナベル達には人間の姿として認識されていたはずなので、確かに目の前に立っている男が、股間を弄っていたら、目のやり場に困るよな。
まぁ、仕方ない。
「もう終わったから前を向いていいよ」
「終わったって、何がだ!」
そう言いながらアナベルが前を向き、腰に差していた剣を抜く。
「で、遺言はあるか?」
「アナベル! いけません!」
その様子を見て、フローラが慌てて止める。そうだよな。さっき、俺には敵わないって言っていたばかりだし……まぁ、アナベルは錯乱してしまったみたいだし、俺もそろそろお
「じゃぁ、頑張って」
「ちょ、ちょっと待て! せめて姫様だけでも!」
「変身解除」
そう呟き、俺はロボットの身体に戻り、クマッチャの族長が言っていた方向を目指し、全速で駆け出した……
のだが、
「きゃぁ! アナベル!」
という悲鳴が聞こえたので、慌てて二人の元へ戻ってしまった。人が良いなぁ、俺も。
「どうした!?」
「あ、ギン様。戻ってきてくれ……そんな事より、アナベルが、突然倒れて……」
倒れたアナベルに縋り付き、フローラは涙目になっていた。
「ちょっと見せてみろ」
俺はアナベルを抱き上げた。すでに意識は無い。金髪に白い肌という事で、そんなものかとも思っていたが、よく見れば顔色が良くない。呼吸も浅くなっていて全身冷や汗が出ている。
俺はそんな彼女の全身をよく観察をしようとすると、
『背中に裂傷あり。現在も出血中。重傷。早急な止血が必要』
「はぁ?」
俺の脳内に、機械の合成音のような女性の声が響いた。
何だよ、この便利機能。
だが、今はそんな事を考えている時間も無い。事態は一刻を争う。
「失礼!」
こう言って俺は、アナベルが着用していた上半身の鎧を身体に負担がかからないよう引きちぎる。
「アナベル!」
鎧を剥がすと、ボタボタと血が溢れ、アナベルとクマッチャから貰った俺のズボンを汚した。どうやら鎧で圧迫していた事で、ある程度止血出来ていたようだが、かなりの大怪我を負っていたようだ。鎧を外したことで出血量が増える。
アナベルは、こんな傷をおいながらも、フローラを護るために奮闘していたのか……
その二人を見捨てようとしていたという事に、罪悪感を感じてしまう。
鎧の下には、固い布を貼り合わせ、そこに細い鉄糸を紡いでて作ってある、それなりに防護性能の高そうな肌着をアナベルは着用していた。その脇の下の部分が裂けており、そこから血が滲み出てくる。
俺は傷を詳しく確認するために、その肌着を引きちぎり、背中をむき出しにした。
「そんな……」
アナベルの傷を見て、フローラが口に手を当てたまま絶句する。
その背中には長さ20センチ、5センチ程の太さの抉られたような裂傷があった。致命傷とまではいかないが、放置しておけば、やがて失血死するかもしれない。
よくこんな傷を負って動けていたものだ。
「フローラ! 綺麗な布は無いか?」
「布! ちょっと待っててください」
フローラが、馬車の中へ布を探しに入った。
感染症のリスクもあるが、まずは止血する必要がある。医療知識の無い俺でも、圧迫止血くらいは知っている。まずは傷口を綺麗な布で押さえ……
「これしか、ありません!」
フローラが持ってきた布には、ゴブリンの血と肉片がベッタリと付いていた。
誰だよ! 汚したの! って、俺か!
「ダメだ! そんなに汚れていたら、一時的に止血出来ても、感染症で死んでしまう」
ゴブリンの血や肉にどの程度雑菌が潜んでいるのかは知らないが、多分、駄目な気がする。
俺はどこかに何か無いかと、左右を見回し……肩を落とした。こんな大きな傷に対して止血手段が無い……
『焼灼止血法 自動実行しますか?』
だが、その瞬間に、またもや女性の機械音声。
「焼灼止血法? なんだそれ?」
『レーザで傷口を焼きながら、消毒します』
「やってくれ!」
俺が何も悩まず、そう叫ぶと、
「ひっ」
突然の光景に、フローラが小さな悲鳴を上げる。
俺の目からゴブリンを攻撃した際のメガビームよりも弱々しい光線が、アナベルの傷口を灼いている。ジュっという音と共に周囲には肉の焼ける匂いが立ち込める。
「フローラ、こっちを見るな」
いくらなんでも刺激が強すぎると思った俺は慌ててフローラに、そう指示をしたが遅かったようだ。口を押さえたかと思うと、後ろを向いて、嘔吐を始める。
「そのまま、吐いていろ。なんとか、アナベルを助ける」
「は、はい……うぷっ」
レーザの照射は30秒程で終わった。
「よし、止血は出来たようだ」
アナベルの背中には大きく抉れたままの醜い傷が残ってしまったが、なんとか出血は止まった。
『止血完了。出血性のショックを起こす寸前です。緊急輸血が必要です。実行しますか?』
輸血まで出来るのか!
「やってくれ」
俺がそう指示を出すと、俺の口から注射針の付いた細い半透明の管が伸び、アナベルの首筋に刺さる。
なんだこれ。
俺が唖然として見ているうちに、管の中に赤い液体が流れ始めた。
俺は慌てて、後ろを向いて吐いていたフローラにバレないように、アナベルの首筋に口を近づける。まるで首を愛撫しているような体勢になるが、仕方がない。口から伸びていた管は、俺の顔の動きに合わせて長さが自動調整された。
「ギ、ギン様? 何を?」
「ああ、血が足りなくなったアナベルに、血を補充しているんだ」
口が塞がっているはずなのだが、俺の声ははっきりと出る。
どこかにスピーカがあるのね。
「血……ああ、そうですね」
俺の返事を聞いたフローラの口調がおかしかったので、視線を上げて見ると、フローラが何かを悟ったような表情で、こちらを見ている。
「何か問題はあるか?」
「いえ、緊急事態ですし、やむを得ません。もうこうなったら、ドンとやっちゃってください」
「わかった」
失った血は一気に流し込めば良いという物では無いという事は、俺でも知っている。
「フローラ、輸血には、相当な時間がかかると思うから、こっちへ来て俺に掴まれ。ここは危険だ。移動したい」
「は、はい」
周囲には、アナベルの仲間の騎士と、ゴブリンの死体が散乱している。
血の匂いを嗅ぎ付けた獣が、いつ近寄ってくるとも限らない。実際に、気配を探ると、今のところ小動物ばかりだが、かなりの数がこちらの様子を窺っているのを感じている。
「どこに掴まればいいでしょうか」
「腰にベルトがあるだろ。これに足を掛けて背中に掴まれ」
「は、はい」
フローラは俺の指示に従い、腰のベルトを頼りに背中によじ登る。
「途中で落ちないよう、両手で抱きついて」
「……はい」
背中から両手を俺の肩に回し、ぎゅっとしがみついてきた。
俺はアナベルの首筋にキスをしたような状態のまま、優しく抱き上げ、背中に乗ったフローラを落とさないように、ゆっくりと移動を開始した。
***
この身体の便利な所を、もう一つ発見した。
アナベルを両手で優しく抱きかかえながら、背中にしがみつくフローラの負担を軽くするため、腰を屈めながら歩くという、身体にえらくダメージが入りそうな体勢だったのだが、特にどこかに痛みが走るという事はなかった。
「あそこにしよう」
30分程歩いた所で、登り斜面に大きな洞穴が開いていた。
「はい」
洞穴の中は、奥行きは浅く入口から約20メートル、天井まで10メートル程もあるドーム状になっていた。気温は外より若干低く、少し肌寒い気がする。
フローラを降ろし、俺はアナベルが地面にくっつかないように、洞穴の壁際に座り込み、正面に抱きかかえるような体勢をとった。相変わらず、首筋にキスを続けている状態だ。あと数時間は輸血が必要……俺の脳内に流れる機械音声は、そう告げていた。
「フローラ、身体が冷えないようアナベルにくっついてくれないか」
「は、はい」
フローラが俺の前に回り、正面から剥き出しのアナベルの背中に抱きつく。大きな火傷のようになっている傷に差し障りのないように気を使っているのが解る。
「体温が下がっている……これじゃ駄目ですね」
だが、そう言ってフローラはすぐ身体を離し、
「お、おい」
上半身に来ていたブラウスを脱ぎ、肌着になる。そしてその肌着も、
「出来れば目を閉じておいてください」
「あ、ああ」
俺が目を閉じると、スルスルという衣擦れの音がした。
「もう大丈夫ですよ」
「ああ」
目を開けると、上半身の服を脱ぎ捨て、背中に羽織った状態でアナベルの背中にしがみついている。
「フフ、ギン様のその姿ですと目を閉じたかどうか解らないかなと思ったのですが、閉じててくれたんですね」
そうか。
確かに
「でも、目元で微かに光っている青い光が消えたので、一応は安心していました」
「さすがに、女の子の裸をジロジロと見るような事はしないよ」
「女の子って、レディに向かって失礼ですよ。これでも、いつ嫁いでもおかしく無い年齢なんですから」
そ、そうなのか?
いくらなんでも童顔に……幼児体形……とまではいかないが、まだ幼いだろう。
俺はアナベルにくっついている隙間から見える胸の膨らみに、少し認識を改めつつも、
「フローラって何歳なんだ?」
と、今生じた疑問をぶつけてみた。
「14歳です」
「14歳じゃ、まだ結婚するには早すぎるだろう」
「そんな事無いですよ。王族は早ければ10歳くらいで嫁ぎますし、私の母上も16歳で私を産んでいます」
「そ、そうなんだ……」
そういえば、俺の前世の世界も、昔はそんな状態だった……ような気がする。くそ、記憶が無いというのはモヤモヤするな。それに王族か……
「フローラはお姫様なんだっけ、フローラはファーストネーム?」
「はい、ミドルテラ王国の第12王女です。これでも一応、王族なので、名前は長いですよ。フローラ・オノリーヌ・クローディーヌ・ミドルテラです」
「本当に長いね」
「そうですね。無駄に長い……私もそう思います」
そういって、力なく笑った。
そして、今度はフローラから俺に聴いてくる。
「ギン様のその姿は……」
「ああ、アナベルの治療には、この姿のままである必要があるんだ。治療が終わったら元に戻る」
「そう……ですか。何か理由があるんですね」
「ああ、そこは深く突っ込まないで貰えると助かる」
「解りました。ギン様は命の恩人です。余計なことは詮索いたしません」
とりあえず、俺の事はこれでいいか。
別に正体がバレても困る訳じゃないとは思うが、用心に越したことは無い。一応、人間として生活をしていく意思はあるし。
「フローラは王女なのに、そんな格好になって、大丈夫なのか?」
「はい……確かに私は王女ですが……一応、王女というくらいの地位ですし、この場合は仕方がありません。アナベルは、私に従ってくれる最後の騎士です。ここで見捨てる事など出来ません」
アナベルの髪を優しくなでながら、フローラは少し身体を上げ、俺の事を見た。
いや、その体勢だと上半身、ほぼ見えてます。顔近いです。
フローラも、アナベル越しに俺と至近距離で見つめ合っている事に気が付いたのか、顔を赤らめた。いや、問題はそこじゃなくて見えている部分なんだけど……
「ひ、ひめ……さ……」
思わず視線のやり場に困った俺の頭の上から、呻くような声が聞こえた。
「あ、アナベル?」
「気がついたか?」
俺は輸血を続けたままの状態でアナベルに問いかける。
「わ、私はどうして……そうか……気絶したのか……って、何だこの状態は!」
上半身、裸の状態で俺に抱きかかえられ、その首筋にキスをされ、背後から自分の主君が、これまた上半身裸で抱きついていた。大怪我で意識を失った後の目覚めとしては、事態の把握に苦しむ状態だろう。その気持は理解できる。
だが、思わず暴れそうになるアナベルの身体をしっかり両手両足で固定し、俺は回復優先という事で、輸血を続けた。