3. 改造人間(3)
どうやら、変身しなければ俺の身体は疲れ知らずらしい。
昨日から一度の休憩も挟まず、俺は一方向へ向かって歩き始めた。
実際はシルバーボディなのだという現実は、受け入れられない……というより、相変わらず認識が出来ないのだが、改造されたという事は本当のようだ。
俺が昨日、クマッチャの族長が指差した方向に一度も間違えず進めているのも、改造されたからなのだろう。特に視界にナビゲーションシステムが表示されるといった、よりメカメカしい状況にはならないのだが、なぜだか俺は確信を持って、移動する事が出来るのだ。
うん、この辺は改造って便利。
俺は少しだけ、自分の状況を受け入れていた。
***
「で、これはどういう状況なのだろう……」
俺は視界のはるか先、森の奥でバタバタと動く多くの人影が見えたのだ。土煙も激しく上がっており、元の世界だったらラグビーか何かの練習中だと思ったかもしれないが、
明らかに戦闘中だろう。
そう思い、目を凝らしてよく見ると……
「うわっ!」
目を細め遠くの景色に焦点を合わせようとしただけだったのだが、目を細めた瞬間に視界の一部がズームアップされ、戦闘している様子がはっきりと解った。……これもロボットの身体ゆえの機能なのだろうか……なんだか、便利すぎて自分を好きになりそうだよ。
「うーん、襲われているんだな……」
ズームアップされた映像には、明らかな悪人ヅラした集団……緑の身体に、鷲鼻、ギョロリとした目、餓鬼のように突き出た腹……ありゃ、ゴブリンだな。
うんそうだ。この世界で最も繁殖力が高く卑しい存在とされている獣人の一種。人類だけでなく、二足歩行をする種族全ての天敵。一匹一匹は大した強さを持たないのだが、その繁殖力を生かした同族の損耗を考えない攻撃手段を武器に、人と並んで、この世界で一大勢力となっている種族だ。
「は? なんで、俺、こんな事を知っているんだ?」
これも改造効果か?
だが、そんな事を言っている場合では無い。
ゴブリン達が襲っているのは、一台の豪華な馬車。
すでに、馬車を引いていた2頭の馬はゴブリンに殺されてしまったのか、馬車の近くで血を流しながら重なるように倒れている。
そして馬車の扉は開け放たれ、中の様子が見えるが、そこには人影は無い。すでに乗客は、馬車の上に避難してたようだ。そこには5人の鎧を来た騎士が立っており、その中央に護衛対象なのか、赤毛の少女が青ざめた顔で立っていた。
「あ、一人やられた」
騎士たちは、馬車の上から剣を振り、襲い来るゴブリンから身を守っていたようだが、多勢に無勢。とうとう、一人の騎士が捨て身で飛び込んできたゴブリンと一緒に馬車の下に落下。直ぐ様、そこに他のゴブリンが殺到し、騎士の姿は見えなくなった。血煙だけが上がっている。
あれじゃ助からない。
「いかんな……」
一人が倒されたことで防衛陣のバランスが崩れたのか、それを皮切りに、次々と騎士が馬車の下に落ちていく。
「まずい!」
俺は思わず、駆け出していた。
***
「く、来るな! う、うわぁ」
「ティム!」
俺の到着を待たず、また一人の騎士が転落した。
残るの騎士は、あと一人。
「くっ! メガビーム!」
俺はメガビームの射程20メートルに入ったゴブリン達に向けて、メガビームを連射した。これの便利な所は、視線に捉えた的に対して、ほぼ必中させる事が出来る所だ。だが目の中心にある射出部の口径が小さいため、急所に直接当たらない限り、一撃で倒す事は出来ない。
自分の身体は生身のままだという認識はあるのだが、並行で、改造された身体のスペックを理解し始めている自分に違和感を感じていない。冷静に考えるとおかしな話だ。
「ロケットパーンチ! ロケットパーンチ!」
そんな事より目先のゴブリン。
メガビームで少し怯んだゴブリンを、俺は次々とロケットパンチで沈めていく。こちらは一撃の重さがあるため、ゴブリン程度の体格であれば、即死はさせられないまでも、吹き飛ばして動きを止める事が出来る。
「メガビーム! ロケットパンチ! メガビーム! くそ、邪魔!」
色々技を繰り出していたが、数に押されてきた俺はとうとう肉弾戦に突入した。襲ってくるゴブリンに蹴りを入れ……そのゴブリンは下半身を残して吹き飛んでいった……裏拳で顔面を……拳の形で顔面に穴が開いた……手刀で相手の脳天……から真っ二つになった。
肉弾戦の方が、俺、強く無いか?
そして、最も効果的だったのだ頭突きだ。
そういや、鏡にも映っていたよな。頭頂部の刃物。
腕と足、そして頭。たまにメガビームにロケットパンチを織り交ぜ、おれは100は居たであろうゴブリンを次々と撃退していった。そして全体の2/3程、屠った頃だろうか。さすがに馬鹿みたいに攻め続けていたゴブリンも、情勢不利と判断したようで、散り散りに森の中へ逃げていった。
勿論、嫌がらせのように背後からメガビームとロケットパンチを御見舞するのは止めない。
ようやく周囲からゴブリンの気配が消えた事で、俺は馬車の上で抱き合って俺の様子を見ていた二人に声をかけた。
「大丈夫か?」
だが、ゴブリンの猛攻を凌ぎきったことでホッとして腰が抜けたのか、二人共、その場で座り込んでしまっている。
「もう大丈夫だ」
俺が一歩近づくと、
「ひっ」
少女が俺の声に驚き、騎士の胸に顔を埋め、騎士は気丈にも少女を抱きしめる。
「え……あ、ああ」
そうか、今の俺は銀色のロボットだったんだな。どうやらゴブリンではなく、俺に恐怖していたらしい。
その態度、マジで軽く凹むな。
「変身」
俺は二人を安心させるために、人間の姿に変身した。あー、身体が重い。
「大丈夫。ほら、俺の正体は普通の人間だから。今のは戦闘用の衣装のようなもので……」
まぁ、まさか銀色ボディが本来の姿とは思われないだろう。
「人間? あなたは人族なんですか……」
「人族?」
ああ、この世界は人族に獣人族と分かれているんだな。
どこからともなく、そういう情報が脳内にインプットされたようで、俺は理解した上で、説明を続ける。
「そう、そうそれ。その、人族。ちょうど向こうから、君たちがゴブリンに囲まれて襲われていたのが見えたので、助けに来たんだ」
そういって周囲を見回す。
そこには大量のゴブリンの死骸と、騎士らしき肉の塊が、あちこちに転がっている。血も沢山ながれており、普通だったら俺もパニックになりそうなのものだが……特に何も感じない。
ただ、同じ人間である騎士が死んでしまったのは残念に思う。
「俺がもう少し早く来れば、彼らも……」
「いや、彼らは自分の勤めを果たしただけだ」
少女を抱きしめていた騎士から若い女性の声がした。
その騎士が立ち上がり、馬車の上から軽やかに飛び降りる。
「女?」
「ご助力、心より感謝する。私はミドルテラ王国騎士アナベル・ローズだ」
俺の疑問に直接には堪えず、アナベルと名乗った騎士は、兜を取った。。
兜の中から出てきたのは、金髪で目鼻立ちがはっきりとした女性だった。美人という表現が相応しいだろう。長いブロンドを後ろで束ねており、身長も高い。鎧を着ているのではっきりとは解らないが、フォルムからすると、スタイルも良さそうだ。
「いえ、えーと……ギンです」
名乗られたので、こちらも名乗る。
まだ自分の名前だという認識が少ないので、すこし照れくさい。
「ギン殿か……少々、待ってていて欲しい」
アナベルはそう言って、振り返り、馬車の上で待っている少女に手を伸ばした。
「姫、降りられますか……」
「ええ」
姫と呼ばれた女の子だったが、馬車も高さがあるし、さすがに飛び降りるのは危ないだろう。
「俺も手伝うよ……変身解除」
女の子とはいえ、今の俺の場合、非力な人間の姿だと、持ち上げるのは無理そうなので、一旦、変身を解除。言っていて悲しくなるが、ロボットの状態が本体だというのは納得しなければならないな。
そして、ロボットの状態であれば人間の一人や二人、問題無い。超余裕だ。もしかしたら馬車ごと持ち上げられるかもしれない。
やばいな……ますます改造された事に便利さを感じてきた……。
俺は、そのまま、ぱっと馬車の上に飛び乗り、少女を両手で優しく抱き上げると、ふわりと少女に衝撃を与えないように、飛び降りた。
「ぶ、無礼な!」
だが、俺の早業にアナベルが激昂してしまったようだ。
やばい、気安すぎたか? でも、まだ子供だしなぁ。
「アナベル! いいのです」
俺の腕の中にいる少女が、慌てて、剣を抜こうとしたアナベルを止めた。
「姫! ですが!」
「大丈夫です。何もされていませんし……何かされるとしても私達では抵抗できません」
「くっ」
アナベルは少し唸って抜きかけていた剣を、音を立てて鞘に戻した。
「変身解除……ごめんね。女の子なのに突然抱き上げてしまって……気持ち悪かった?」
知らないおっさんが抱きかかえれば、気持ち悪いと思われても仕方ない。通報される事案だ。そう考えながら、俺は少女を地面に優しく降ろした。
「いえ、ありがとうごいます。フローラです。助けていただいて、本当にありがとうございます」
少女はフローラと名乗り、優雅に俺に頭を下げた。
うん、物分りが良い子で助かった。
***
フローラは遠くから見た通り、赤毛の少女だ。少しそばかすがあるが、可愛らしい。年は中学生くらいの年齢だろうか。
「それで、なんでこんな所にいたの?」
俺はアナベルとフローラに質問をしてみた。
「それは……」
アナベルが言葉を濁すが、フローラは、
「獣人の各村の視察です」
「視察?」
「はい。我が国の民でもある獣人達の村へ視察を行うために移動中でした」
「くっ……」
そこでアナベルが涙を零す。
「本来、この地域は獣人の自治区であり、我が国の王権が及ばぬ場所。そこへ、10人にも満たない護衛を引き連れて視察せよとは……」
「アナベル、それ以上は不敬ですよ」
「ですが!」
「いいのです。それよりも私を護るために、騎士達が……」
フローラの目から涙が一筋落ちた。
……で?
「いや、獣人の視察というのは解りましたが、なぜ、あれほど大量のゴブリンに襲われていたんですか?」
お国の事情とか、あまり興味が無いんだよね。
覚えていないけど、前世は、国とか権威とかをあまり聞いしない民族だったのだろう。
「それは……解りません」
フローラが首を振る。
「内務省からもらった地図を元に、安全だと言われている道を進んでいたはずなのですが……」
「そうなんだ」
「違います……」
「え?」
「違います。違いますよね……姫様」
今度は先程と違い、ボロボロとアナベルが涙を出しながら、
「フローラ殿下も、我々も……国に棄てられたのです」
血を吐くように、こう言った。
ああ、なんか面倒な事に巻き込まれたような気がする。
俺は二人の様子を見ながら、そっと溜息を付いた。