1. 改造人間(1)
頭にガツンと衝撃を受けた。
滅茶苦茶痛い……でも助かった。
というか、何で俺はあの高さから落ちて生きているんだろう。
「普通、死ぬよな」
運が良いのか、俺は木のツルにひっかかり、地面スレスレで逆さ吊りの状態で生きていた。とりあえず、奇跡的な何かが起こったんだろう。俺の身体と、俺の息子がブラブラと揺れている。
「でも、もう死ぬんだな……」
俺の回りには、確実に人間じゃない可愛らしい二足歩行の動物。
顔はぬいぐるみの熊さん、子供の背丈くらいだ。そして、手には木製の槍。
「銀の使い様!、姫様、助けた!」
「伝説の通り! 銀の使い様、きた!」
あれ?
***
という事で、俺は今、なぜか言葉が通じる、クロクマッチャ族に大歓迎を受けています。
足に絡んでいたツルを切ってもらい、無事地面に到着。クマッチャ族の案内で森を少し進み、彼らの村の中央広場で宴会が始まった。
「助かった、パンダーン族の族長、姫、さらった」
片言の言葉を繋ぎ合わせると、どうやらクマッチャ族の族長の娘が、パンダーン族の族長に誘拐されていたらしい。何とか追いついたのだが、そもそもクマッチャ族の3倍はある巨大なパンダーン族に敵う訳もなく、
『お前ら、ここで、皆殺し』
という場面で、空から降ってきた俺が撃退したらしい。
頭にガツンときた衝撃は、そのときのものだったみたいだ。まぁ、普通は死ぬけど。そしてパンダーン族長も死にそうなもんだけど……お互い、死ななくて良かった。
ちなみに、パンダーン族の見た目はパンダそのもの。だが性格は凶暴で自分勝手。
族長といっても、群れで行動しているのではなく、単独でやってきて族長の娘を攫ったらしい。頭に一発くらって、慌てて逃げていったそうだ。
「銀の使い、伝説は本当」
そして俺は神様か何かの使いだって勘違いされたようだ。熊に囲まれてクマッタな……なんて冗談はさておき、並べられる木の実と、鮭の切り身。せめて火を通してくれれば堪能できるんだが……食欲は無いと食べ物には手をつけず、白く濁った酒だけを族長の娘の酌で飲んでいた。
自分がいる場所の情報収集と思ったんだけど、うっとりとした目で俺を見る族長の娘は、何を聞いてもニコニコしているだけだった。可愛いけど。
「とりあえず、俺は銀の使いなんてものじゃない」
「銀の使い様、伝説の通り、クマッチャを助けた」
銀の使いじゃないという言葉には反応をしてくれた。
ようやく会話の糸口をみつけた俺は、自己紹介をしようとしたんだが、
「いや、本当に。俺は銀の使いじゃなくて……あれ?」
自分の名前が思い出せない。
「俺、誰だ?」
頭が取れて、魂になって、生き返って、今に至る。
ちゃんと覚えているんだが、自分が誰か解らない。
「いや、俺はこんなクマが喋る世界じゃなくて……」
……どんな世界にいた? こ、これは記憶喪失? そういや、パンダーンの族長に頭突きをかましているし、それが原因で記憶を失ったのか?
「いかん、何も思い出せん」
「銀の使い様、いつまでもここに」
族長の娘が俺にしなだれかかってくる。
いや、ぬいぐるみっぽくて可愛いんだけど、ムラっとはしないぞ。それに記憶が無いという事で、急速な不安に……襲われない。
「まぁ、いいか」
なんか、些細な事のような気もしてきた。
一回、死んでるし。
「ところで、何で銀の使いなんて思ったんだ」
「銀の使い様、銀の顔、銀の身体」
「銀?」
銀の顔ってなんだよ?
銀の身体?
俺は自分の手足を見る。あっ、そういや、まだ素っ裸だった。まぁ、クマッチャも毛皮はあるが素っ裸だし、一旦いいか。毛皮をくれって言うわけにもいかないし。
「どこを見て銀って言っているんだ? お前たちにはこれが銀に見えるのか?」
もしかして、銀という概念が違うのかもしれない。クマッチャだし。
「はい、綺麗な銀、鏡みる?」
「鏡があるのか? そういえば、生き返った時に自分の身体じゃなくなっているって言われてたしなぁ」
俺は鏡を持ってきてもらう事にした。
まぁ、こんな未開な土地の感じなので、鏡といっても期待はしていないのだが……って、立派な鏡が来たぞ。
「王からもらった、クマッチャ族の宝」
王がいるのか?
それにしても、全身の姿見なんて洒落たものを持っているとは思わなかった。馬鹿にしてごめん。クマが喋るファンタジーな世界なので、よくて青銅鏡くらいに思っていたよ。
俺は綺麗に飾り付けられた、若干凹凸のある鏡の前に立った。
そして、俺の手から、酒が入っていた杯がすべり落ちた。
「誰これ?」
俺の視線の先、鏡の中には全身を光沢のある銀色の素材で覆われた人型ロボットが映っていた。
***
「なんじゃこりゃー」
思わず叫んだ事で、クマッチャ族は驚いたのか、一斉に俺から離れ、広場の周囲を取り囲むように生えている木の影から、こちらの様子を窺っている。族長の娘だけが、俺のそばから離れず、怯えた顔をしながらも、酒のお代わりを注ごうと、壺を構えていた。
だけど、俺にとってはそんな事はどうでもいい事だ。
思わず、鏡に近づき、鏡に映っているはずの俺の身体を見る。
銀色に輝く流線型のボディ。
目にあたる部分は長方形に縁取られ、その中にはガラスらしき素材でカバーされた黒い無数の小さなカメラのようなもの。まるで一つ目の複眼だ。そして、カメラの回りから青く淡い光が漏れている。
頭の中央には刃物のようなトサカがついており、それが額まで伸びていて、目の部分にあるガラスの上を越え、そのまま鼻の代わりのような形で、楕円形の中央部分まで伸びている。額から顔面の中央部分では刃先が丸くなっているので、キスをしても相手に怪我をさせる事は無いだろう。キスをするための口があればだがな……
そう、先程まで白い酒を飲んでいたはずの口の部分には、何も無かった。
俺は、自分の顔を触るが、自分自身としては目も鼻も口もちゃんとある。唇をひっぱり、舌を触ることも出来る。何の違和感も無いのだ。俺の手は、触り慣れた自分の顔だと認識している。
だが鏡の中に映っている、銀色のロボットは同じ動きをするものの、やはり口は無い。
「これ、鏡が間違っていないか?」
「銀の使い様? 何?」
俺の不審な動きを近くで怯えながら見ていた族長の娘に問いかけたが、意味が伝わらなかったようだ。
「おまえも鏡に映ってみろ」
「はい」
それでも素直に俺の言うことをきいて、俺の横に立ち、鏡に映る。
そこには、俺が直接目で見ている姿と全く同じ、クマのヌイグルミのようなクマッチャ族の姿が映っていた。
「ちょっと手を貸せ」
「はい」
俺は族長の娘のぷっくりとした肌触りの良い腕を取り、自分の鼻へ持ってきた。
「ほら、ここに鼻の穴があるだろう?」
「鼻の穴?」
「ほら!」
少し汚い気もしたが、俺は族長の娘が抵抗しない事を良いことに、自分の鼻の穴へ娘の指を突っ込もうとした。
「あれ、入らない……あれ? あれ?」
「銀の使い様? 何、してる?」
鏡を見ると、銀のロボットが、族長の娘の手を抑え、自分の鼻の穴の位置に押し付けようとしているのが映っていた。
「く、口ならどうだ」
「ひっ」
口許へ、娘の指を持ってきて口の中へ含もうとすると、
「げっ」
鏡の中では、画面のちょうど口の位置の中央に黒い亀裂が入り、まるで小さな扉があるように二つに分かれてスライドした。さすがに、指を入れて良いものか悩む。
「貸せ!」
俺は娘の手を離し、反対側の手に持っていた酒壺を奪い取り、一気に喉に流し込んだ。
俺の主観的には、口からゴクゴクと酒を飲んでおり、鏡の中では、顔の中央に開いた穴へ酒を流し込んでいるロボットの姿が映っていた。
その不気味な姿に、俺は酒壺を投げ出し、
「おい」
「は、はい」
「今、俺の口はどうやって開いた?」
「どういう意味?」
「縦に開いたか? こう、横に開いたか?」
俺は自分の口がどう動いたのか、手のひらを使って説明をしてみた。
すると、族長の娘は、
「横、横に開いた」
「そうか……」
俺は下半身の力がなくなったように、その場にへたり込んだ。
俺の主観とは違うが、どうやらクマッチャに見えているのは、この鏡の中のロボットなんだろう。
***
「銀の使い様?」
「おかしい」
俺にはこの状況をどう整理していいか解からない。
俺が直接見ている限り、俺の手のひらは何も変わっていない生身の身体だ。視覚的にも触覚的にも、正真正銘、人間のままである。
「銀の使い様?」
「おかしい」
「銀の使い様、何が、おかしい?」
俺が座り込んでブツブツ言っていたので、しばらくすると広場の端まで逃げていたクマッチャ達が戻ってきた。そして、その中で一番身体の大きいクマッチャが話しかけてきたのだ。
こいつは……たしか族長って言っていたな。
一番大きいクマッチャだったので、一応の区別がついた。ちなみに族長の娘はピンクの花を頭に差しているので区別がついているが、これが取れたら俺には他のクマッチャと区別するのは無理だろう。
「銀の使い様?」
「ああ、とりあえず、その銀の使いはやめてくれ」
お前はロボットだと言われ続けている気になる。
「わかった、何と呼べば、いい?」
元の名前は思い出せないしなぁ。
少し考えるが、そもそも元の世界で人はどんな名前を持っていたのだろう。混乱しているせいか、全く思い出せない。
「銀の使い様?」
「ああ、もういい。銀の使いではなく、ギンと呼んでくれ」
とりあえず、銀の使いと呼ばれるよりはマシだろう。
「解った、ギン様、呼ぶ」
「ああ、ありがとう」
ようやく、俺にも名前が付いた。
いや、人間なんだし、名前がある事が当たり前だろう。生き返ったばかりで混乱しているのかもしれないし、そのうち、本当の名前を思い出せれば、それでいい。
人間、人間……
そう思うことで、俺は重要な事に気が付いた。
俺、裸のままでいいのか? これでちゃんとした人間だと言えるのか?
「クマッチャ達」
「はい」
「人が着るような服を持っていたりしないか?」
裸も気持ち良いのだが、やはりプラプラさせたままじゃまずいだろう。
なお鏡の中の銀色ロボットは、残念ながらプラプラさせているものすら無い。
上半身も下半身も、ツルッとした滑らかなシルバーのボディだ。銀の衣装を着込んでいるような感じでもなく、頭の上から継ぎ目の無い単一の金属。パーツと言えるのは、頭のトサカと目の部分だけだ。あ、口が開くので、そこもパーツになっているんだろう。
指の部分に関節に当たるような節目は無いが、俺が手を動かすと、同じように金属の指も動いていた。
「服? ある。ヒト、着る、服」
「そう! それ。頼む、持ってきてくれ」
俺の言葉に、族長が指示を出し、若そうなクマッチャがどこかへ走っていった。あいつは族長のパシリかなんかなのだろうか……区別がつかない。
それにしてもよかった。ヒトで通じたよ。どこかには人間がいるんだな! クマとかパンダしかいない世界だったら、どうしようかと、かすかに心配していた。とりあえず、人間と会って、俺の事を確認しよう。細かい事はその後だ。
うん、当面の目標、人間を探す。
「ヒトには、どこにいけば会える?」
そう思って、俺は族長に尋ねると、
「ヒト? あっち?」
そう言って、首を傾げながら一方向を指差した。
なぜ半疑問形? もう少し自信をもって答えてくれよ。
「ここから、どのくらいかかるか解るか?」
「……遠い」
ありがとう。
頑張って考えてくれたみたいだね。
まぁ、とりあえず、あっちを目指して移動していけばいいか。死ななきゃ、いつか着くだろう。まずは、そこへ行こう。