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ミステリー・トラック

 トラックへ近づくと、側にセーラー服姿の妹が見えた。
 妹は、俺のバッグの取っ手を両方の手で握り、悲しそうな顔をして立っていた。
 そういえば、ヘルメットはバッグに入ったままだった。無帽で戦場に行くところだった。

 妹はこちらを見ると、行方不明だった兄貴が現れて安心したのか、それともいきなりの出発で悲しんでいるのか、泣きながら抱きついてきた。
「急すぎるじゃない!」
「ゴメンな」
 俺のせいではないのだが、そうでもないような気がしてきた。
 志願さえしなければ、こんなことにならなかったのだから。
「荷物をありがとう」
 妹はバッグを手渡すと当時に、何かを思い出したようにハッとした表情で言う。
「煮物忘れた」
「食べる約束守れなくてゴメンな」
「ううん。帰って来たらたくさん食べてもらうから」
「楽しみにしてる」
「死な……元気でね」
(品?)「ああ。行ってくる」

 エンジンが掛かったトラックの荷台に滑り込むと、左の長椅子にミイとミルがいる。
「みんなも呼び出されたんだ。いつものメンバーが再会だな」
 と笑いながら彼女達に声を掛けて見渡すと、二人多いことに気づいた。
(左にいる縦ロール頭は……)
 ミルの左隣にルイが座っている。
 今朝方まで話をしていたルイとこんなところで再会するのは、何かの縁と笑っている場合ではない。
 彼女がここにいること自体、異常事態である。
(右にいるもう一人は……)
 面長で西洋人のような顔立ちをしていて、黄色く染めた美しく長い髪。肌が白く蝋人形のようだ。見たことあるような、ないような女性である。

 まずルイに尋ねてみる。
「ついに生徒会長も志願ですか?」
「いいえ、招集が掛かりまして、ですわ」
「学校の指名ですか?」
「いいえ、学校は休校です。直接電話で招集ですわ」
 やはり異常事態だ。
(いや……これはリゼがルイに何かを仕掛けてきたからだ。そうに違いない)
 トマス達が警告していたことが、早くも起こってしまったのだ。
(あらが)うか? それとも従う風に見せかけるか?)

 ここで、気がかりなことがあった。
 今この場では名前を出せないので、ルイに目で合図を送りつつ、短い言葉で尋ねた。
「(イヨは(かくま)われたまま、今も)一人に?」
「(イヨさんは今も家に)そのままに」
「(彼女の)具合は?」
「(イヨさんは)落ち着いていらっしゃいますわ」
「(取り戻した指輪の)その後は?」
「(イヨさんの宝の)箱に」
 ルイの勘が鋭くて助かった。

 右の長椅子にミキがいるが、その右隣にいる黄色い髪の女性に声を掛けてみた。
鬼棘(おにとげ)マモルです。はじめまして。」
魚万差(うおまさ)ミカです。はじめまして。皆さんと同じ高校です」
「じゃ、ウオマサ ミカさんも招集?」
「いいえ。志願です。」
「それは珍しい」
「母が、『軍楽隊に入りなさい』と言うので。……ヒドイんですよ。お金になるからって」
「軍楽隊? 楽器が弾けるの?」
「ピアノの弾き語りなら得意だけれど」
「ピアノ弾きながら行進は無理じゃない?」
「いや、軍楽隊に入れば慰問であちこち回れるって聞いたの。慰問ではピアノも有りなの」
 俺はミカへ視線を向けた。
「後方支援部隊に軍楽隊ってあったっけ?」
 彼女は首を傾げる。
「なかったわ」
 それを聞いたミカは、急に落ち込んだ顔になった。
「これから行く先は、軍楽隊のない後方支援部隊なの?」
「そう」
 彼女は俯く。
「話が違う……。友達の家に寝泊まりして迷惑かけるよりはこっちの方がいいと思ったから志願したのに。……音楽が出来ないなら意味がない」
 事実だから嘘は言えないが、人の期待を裏切るイヤな役回りになってしまった。
 気持ちがペシャンコになって落ち込む彼女を見るのが耐えられなくなった。

 俺がミキの左隣に座ると同時に、幌が降りて辺りが暗くなった。
 幌のつなぎ目から光が漏れるので真っ暗ではないのだが、ここに蝋燭(ろうそく)があれば、怪談話を始めるには打って付けだ。
「窓ぐらい付けて欲しいよな」
 ルイとミカ以外は笑ったが、ルイは落ち着きながら意味深に言う。
「きっと、見られては困るところに連れて行くのですわ。……逃げられないように」
 彼女の最後の言葉に、みんなは冗談と思えずゾッとしたはずだ。

 トラックが急に発進する。
 俺達は将棋倒しになりかけた。
 前もそうだが、軍の運転手は運転の仕方が荒っぽい。どこまでやればエンストするのか試してはいないだろうか。
「まあまあ、お仲間ということで、これから仲良くやっていこう」
「ええ」
「おそらくこれから訓練があるはず。そして、後方支援の連隊に連れて行かれる」
 俺は1ヶ月前に経験したことを面白おかしくルイとミカに説明した。
 ルイは、驚いたり、感心したり、笑ったりして話を聞いてくれた。
 ミカは、始終表情が暗かった。
 彼女はずっと心が晴れないようだ。
 もっと彼女を笑わせよう、元気にさせようと思ったが、車の揺れが前よりヒドイので話は30分で中座した。
 気分は最悪であった。

 1時間ほどして、急にトラックが停止した。
 運転席のドアが開いてバタンと音がした。エンジンは掛かったままだ。
 靴音が遠ざかる。
 しばらくして、靴音が近づいてきて運転席のドアが開き、バタンと音がした。
 トラックの前方から、ギイーッと金属の軋む音が聞こえてきて右から左にゆっくりと移動する。
(ああ、前もそうだった。あそこへ戻ってきたんだ)
 トラックのエンジンが吹かされて、ゆっくり発進した。
 クネクネ進むと思っていたが、真っ直ぐ進んでいく。
 どうやら、場所が違うところに来ているらしい。遠くでたくさんの銃声が聞こえるのである。
 ブレーキが掛かった。エンジンが切られた。
 トラックの横から、「おい、降りろ!」と女の声がして、幌がポンポンと叩かれる。

 荷台のあおりを倒し、幌を開けて覗いて見ると、学校の校庭に似た敷地だった。
(気のせいかな? 同じ場所に思えるが)
 目の前には背が高い女兵士が一人立っていた。サングラスをかけている。
(たぶん、この人も教官だろう)
 俺達は、怒られる前に荷台から飛び降りた。
 女兵士は、「そこの二人、こっちに来い。他は待て」という。
 そこの二人とは私服姿のルイとミカのことだ。

 10分ほどすると、軍服姿のルイとミカが戻ってきた。
 俺達後方支援部隊の服と少し違う。
 濃い緑は僅かに暗い緑で、腕や胸にいろいろポケットが付いている。
(ついに服が不足したのか?)
 女兵士は、「夜まで訓練だ。付いてこい」と言って、銃声がやまない方角へ俺達を連れて行く。

 辿り着いた場所は、射撃訓練場だった。
 前に経験した訓練場とは違い、この訓練場は横幅が倍以上あって、たくさんの人が人型の的に向かって拳銃を撃っている。
(何かが違う)
 俺は違和感を覚えながらも、射撃訓練をこなしていた。
 一発も黒い円の中には当たらず、的どころか人型の板にも当たらず、効果があったのかは定かではないが。

 射撃訓練が終わると、荷物を回収された。またここに戻ってくるので後で返す、と言われた。
 どうも信じられない。
 バッグからヘルメットだけ取り出した。もちろん、携帯電話は没収だ。
 でも、マユリの写真がヘルメットの中にあるので、今は他に何もいらない。
(そう言えば、他にお守りがあった)
 リクに最後に渡された水色のお守りを服の中から取り出して眺めた。
 お守りにしては中身が分厚い。普通のお守りの4倍以上の厚みがある。
 気にはなるが、『中を見ないで』と言われているので、元に戻した。

 その後は、校庭のランニングとか、座学とか、腹筋や鉄棒とか、無節操で無意味とも思えるカリキュラムに取り組むことになった。
 途中、休憩は殆どなかった。
 午後10時。いい加減休みたいのに、教官が「班分けをするからこっちに来い」と言って3階建ての廃校のような建物に俺達を連れて行く。
 ルイがこちらに近づいて耳打ちする。
「聞いていた話と違いますわね」
「俺も不思議に思う。何か違う」
「あら、頼りない先輩ですわ」
「頼りなくて結構」
「か弱い後輩を大事にしてくださる?」
「同級生だろ」
「これから何処へ参りますの?」
「知るか」

 俺は、怒られるのを覚悟で皆の代表のつもりになって、教官に尋ねた。
「後方支援部隊の班分けですか?」
 教官はこちらを振り向かずに答える。
「貴様らが気にすることではない」
「行き先は?」
「聞くな」
 (がん)として答えないので、言い方を変えてみた。
「ここは後方支援部隊の訓練場ですよね?」
「違う」

 今更に確信した。
 俺達は(だま)されていたのだ。
 てっきり前の連隊に配属されると思っていた。
(もしかして、乗り込むトラックを間違えたという落ちではないだろうか?)
 慌てて乗り込んだバスが別の系統だった、飛び乗った電車が逆方向だった、という類いの間違いであってくれと、つい先ほどまで勝手に期待していたのだが、『違う』の一言で完全に打ち砕かれた。

 俺達が乗り込んだのは、ミステリー・トラックだったのだ。

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