冒頭
泣いていた。まるで子供の様に。
華奢な体躯を抱える腕は白く柔く、色素の薄いそれに垂れた黒髪や、所々付着した血液の色。三色が主だったそれは、見た者の呼吸を静かに奪う。
――嫌、いや、触れないで。
駄々を捏ねる子供の様に、外敵に怯える雛の様に。怯える、されどいつも通りの艶を持つ呟きに触れよう、寄り添おうと口を開くも、声は溜息となって消えた。
当然だ。先程、己が壊してしまったのだ。
黙ったまま、決死の覚悟で抱き留めた。
一際大きく、絹を裂いた様な悲鳴を上げると、ふっつりと意識を手放した。瞬間、理解した。理解出来てしまった。
「赦さなくていい。もう、おやすみ」
頬に掛かる黒髪をかき上げれば、涙が走るのが見えた。
それが二度と哀しみを取り込まぬ様に、それだけを祈って。唇で、それを拭う。
凍る切っ先を振り上げて胸元に向ければ、風が一陣、まるで彼の残酷な選択を祝福するかの様に駆け抜けた。
「――いいのか、本当に」
「良いんだ、これで」
「人の生とは思い出の連続だと話していたのは、貴方ですよ」
「只、己を傷つける思い出に何の意味がある」
「それを決めるのはお前じゃないだろう」
咎める周囲の声音にも、彼は微笑んで見せた。
自ら鬼と為る事を選んだその微笑みは静かに、されど凄惨に映るのは。切っ先の赤の所為か、否か。
「――いつかまた、出会う事が有れば。その時にまた共に歩み始めればいい。今は只、その時が来る事を、祈っている」
血に塗れた外套を揺らして、鬼は去る。
そう言えばこの日も、都には花が吹き荒れていた。