02
私がこぼした言葉に、男の眉が片方だけ上がった。
なぜ、と思ってから、私は自分が安心したようにその名を呼んでいたことに気付いた。
死を司る神ならば、安心とは縁遠いところにいるのかもしれない。
しかし、苦しみの中で死につつある私にとって、もう彼の存在は救いとなってしまった。
「わた……しは……」
ざらざらと掠れる声が、この部屋に来る前に何度も繰り返した言葉を絞り出した。
いわく、生贄の宣言。
自らの命を死神に差し出す、誓いの言葉を。
「わたくしはジャスティーナ……ジャスティーナ・クリッフェント……この地を蝕む死を、和らげて頂くため……わたくしの命を、死を司る神……アッシュに捧げます」
その誓いを、アッシュは変わらない冷めた視線で受け止めていた。
生贄に心を動かされた風でもない。それ以前に、彼に心はあるのだろうか。
私の死は無駄なのか、と思いかけたとき、アッシュ──と私が信じている男──はようやく口を開いた。
「お前は本気でそれを望んでいるのか?」
相変わらず、声は冷たい。
しかし、全身を冷やすような性質ではなかった。
心臓を、胸の奥を突き刺すような。私の深い部分に踏み込み、刃を突きつけるような、本心を引きずり出すような鋭さを伴っていた。
「命と引き換えに国を救うことを?」
「────」
答えることが、できない。
なぜなら、それは私ではなく、両親を含めた周りの大人が望んだことだからだ。
私は大人の望みに応え、言われたとおりに実行しただけ。
死神が生贄に意思を問うなんてことをするとは、大人たちだって思いもしなかっただろう。
黙り込む私に、アッシュはさらに言葉を連ねた。
「まさか、生贄を捧げただけで国が救えるなんてことを、本気で思っているのか?」
「……え」
呆けた頭では、一音発するのがやっとだった。
思考に空白が生じた私のすぐ近くに、革張りの本が落ちてきた。留め金と短いベルトでまとめられ、落ちただけではページが開かないようになっている本は、開くのも億劫になりそうなほど分厚い。
アッシュの持つ本といえば、思い浮かぶのは一つだけだ。
死者の書。
その本に書かれた者は、死神の手によって順番に死を迎え、魂の導きを受けるという。
「捧げられる命なら、ここに書いてあるだけで充分だ」