命を賭して守るべきオモチャ
とその時、ドアをノックする音が聞こえた。
「開いているからどうぞ」
声を掛けると、黒装束のルイが入ってきた。
「あら、叔父様とご一緒でしたの」
「ああ」
「ご機嫌よう、叔父様。またお目にかかりましたわね」
「ウイ、マドモアゼル。ご機嫌麗しゅう。……そうそう。ちょうどマドモアゼルの噂話をしておりましてな」
ルイはこちらに近づいてきて、もう一つの椅子に座った。
俺との間が1メートルくらい離れて座る形になった。
「まあ、こんな夜遅くに何の話をしていらっしゃるのかと思えば」
「ちょっと聞いていいか?」
「何なりと」
「何で返り血を浴びた?」
「それは……」
彼女は言い淀んだ。
「怪我していないよな?」
「大丈夫ですわ」
「何があった?」
「実は……兵士さんが叔父様の手引きで外にいた人達を排除していただいたまではよろしかったのですが、部屋の中にもう一人潜んでいることまで誰も気づかなくて」
「おお、なんということだ! 『中にもいる』とは思いも寄らず」
「叔父様、いけませんわ」
「ちょっと待て!」
俺は、ルイの左腕を掴んだ。何か隠しているように見えたからだ。
「痛い!」
ちょっと掴んだだけで、こうは叫ばない。
袖をまくると、包帯がグルグル巻きになっていた。
「怪我しているじゃないか!」
「バレましたか……。押し入れに隠れているのに気づかず、いきなりナイフを持った男に襲われて。一応、護身術を学んでいましたが、ナイフで少々切られました」
「おお。マドモアゼルにお怪我をさせてしまうなど、一生の不覚!」
「馬鹿! あんな安物の指輪のために命をかけるな!」
「マモルさん? あんなとおっしゃいますが、イヨさんにとって、命の次に大切な物は万年筆、その万年筆の次に大切な物があの指輪なのですよ?」
「子供のオモチャと命を天秤に掛けても-」
「大切な物は、見た目や値段ではありませんの」
ルイの真剣な眼差しに圧倒され、何も言葉を返せなかった。
「わたくしはイヨさんに幸せになっていただきたいのです」
彼女の言葉が、心臓にグサリと突き刺さった。
「並行世界からいらした方が、『たかがオモチャ』と、こちらの世界で生きている方の大切な思い出を知ろうともせず勝手に踏みにじらないでいただきたいのです!」
その言葉が、今度は背中からグサリと突き刺さった。
俺は大いなる間違いを犯していた。
ミキの気持ちを優先し、彼女が敵対するイヨを否定しようとしていたらしい。
あんなオモチャに思い出をいつまでも引きずる彼女。
『タイプだ』と言っただけで恋人にでもなった気がしている
そういう感覚は馬鹿げている、と軽蔑する俺は、なんと思いやりに欠けていたのだろう。
視点を少し変えるだけで、イヨの気持ちを理解できるではないか。
理解しようとしなければ、何も始まらない。
人への思いやりどころではない。
俺はイヨに冷たく当たっていたことに今更ながら激しく後悔していた。
ルイは、1ヶ月もイヨと寝起きを共にしている。
女性は腹を割って話すというのか分からないが、お互いとことん話し合って深い理解があったからこそ、危険を冒してでも守りたい物を見つけられたのだろう。
今は、イヨの一番の理解者はルイである。
「分かった。俺が間違っていた」
彼女は
「生徒会長は強いな」
「生徒を守る立場にありますから」
「精神面を支えている」
「もちろんですわ」
「特にイヨには」
「あの方は才能が
「だからか」
「何がですの?」
「いや、……こっちの話」
「気になりますわ」
「気にしなくていい」
トマスが背伸びをする。
「じゃ、これで未来に帰るか」
「あら、叔父様。もっとユックリなさって」
「いや。忙しいから」
「お仕事ですの?」
「分岐する運命に干渉してくる奴の正体を調べに」
「あらあら」
「じゃ」