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スライムを知ろう


 スーラをパートナーにすると決めた次の日の朝。
 レイクは、学園の図書館にいた。

 国内最高級の図書館は、レイクが一〇〇回生まれ変わっても読み切れない量の本で埋まっている。さらに地下まで存在している。
 地下は迷宮になっていて、もぐるのには許可がいる。
 本かと思ったら噛みついてくるミミックブックとか、油断してたら倒れこんでくる死の本棚とか、開いた相手に呪いをかけてくる呪いの本(カースブック)などもいるらしい。
 禁忌図書も多数あるがゆえの、盗難対策である。

 しかし地上の本だけでも、四階建ての大図書館だ。
 レイクは本を管理している、ブックスのところに行った。
 性別不詳の妖精である。
 大きさは三〇センチほどであり、背中に白い羽を生やしている。
 着ている緑色の服は、どういう原理かぼんやりと光り輝いている。

「スライムの本を頼む」
「何冊でちか?」
「読める範囲で、あるだけだ。特にバトル関係の本は、欠かさず持ってきてほしい」
「わかったでちぃ~」

 ブックスは、魔法の本を取りだした。
 パラパラパラッとページを開く。
 すると小さなブックスたちが、本の中から飛びだしてきた。

「スライムの本を、レイくんが読めるだけ持ってくるでち!」
「「「わかったでちぃ!」」」

 ブックスたちが、羽を羽ばたかせて飛んで行った。

「オレはあそこの席で待ってる。見つけた順から持ってきてくれ」
「わかったでち!」

 レイクは幅の広い席についた。
 透明な容器に入った、観賞用の七色スズメをぼんやり見つめる。

(………。)

 スーラは、申し訳なさそうに座っていた。 
 小さなブックスが飛んでくる。

「持ってきたでちぃ!」
「でちぃ!」
「でちぃ!」

 どさどさと、レイクの横に本が積まれた。

「知れることは知っておかないとな」

 レイクはパラりと本をめくった。
 ツウッ――と目を通し、本のページをパラりとめくる。
 速読である。
 地球でも難しい技術だが、レイクの場合はこの世界に生まれた時から使用できていた。
 それでも読書を怠らないあたり、努力する天才である。

 ツウッ――パランッ。
 ツウッ――パランッ。
 目を通して進める。
 しかし速く読める分、不快な情報も多く入った。
 とある本には、こうあった。

『愛玩用にも観賞用にも使用されていることからわかる通り、愛らしいモンスターである』

 とある本には、こうあった。

『かわいい』

 またとある本には、このようにあった。 

『ドラゴンのエサ』

 どうすれば強くなるか以前に、戦わせるという発想がない。
 スライムの育て方という本を見ても、ペットとして飼育する心構えしかなかった。
 『虫けら冒険者でもわかる、野生モンスター一〇〇選!』という本に至っては、こんな風に書いていた。

 『ぷるぷるしているだけの雑魚(ざこ)。たくさん倒してたくさん稼ごう。もしもコイツに負けるようだと、キミは虫けら以下である。冒険者なんて諦(あきら)めよう!』

「…………」

 想像以上に想像以下で、レイクは絶句せざるを得ない。

「最強とは言わずとも、そこそこ程度に強くするための方法はあると思ったのに……」
(ぶるうぅ………。)

 スーラもとっても泣きそうだ。
 その時だった。

「ここにいたか」
「どうしたんですか? アリア先生」
「キミは自覚が薄いようだが、成績優秀者とは学園にとっても貴重な存在だ。
 そのキミのパートナーがスライムというのは、あまりよろしくないのだよ。
 現に昨夜は、遅くまで会議となった」

 事実アリアの目には、うっすらクマができていた。

「そう言われましても、すでに決まったことですし……」
「わたしもそう思っていたのだがな……」

 アリアは、一枚の巻物(スクロール)を取りだした。

「これは……?」
「見ての通り、血盟契約を解除する禁術だ」
「…………」

 レイクはじっと目を通す。
 パートナーを変えるかどうか以前に、好奇心があった。

「この方法って……」
「読んでの通りだ。パートナーを自らの手で殺害し、呪文を唱えることで新しいモンスターを召喚することができる」
「ただし条件は、パートナーの力が召喚者よりも著しく劣っていた場合に限る……ですか」
「キミとスーラであれば、条件は満たしているであろう?」

 凄惨な方法に、沈黙の時が流れる。
 レイクの中にも、かつての日のことが浮かぶ。

 鮮烈なる紅蓮のドラゴン。
 ドラゴンと一体となり、オーガの群れを葬った憧れのあの人。
 スーラとの契約を解除すれば、あるいはあのようになれるのかもしれない。
 レイクはドラゴンを駆る自分を、実際に想像した。

 それはけっして、悪くなかった。
 そしてスーラは、レイクとリンクで繋がっている。
 レイクが、ドラゴンをパートナーにしてみたいと思っていることを、強く敏感に感じ取った。

 それは寂しいことだった。
 とても哀しいことだった。

(………。)

 スーラは無言で目を伏せた。
 今の話が本当ならば、自分は殺され命を消される。
 それは寂しい。
 同時に哀しい。
 けど――

(へいき………です。)

 レイクの両手を握りしめ、ハッキリと言った。

(ご主人さまの、おためでしたら、いのちなくても、へいき………です。)

 声は震えて瞳はうるみ、涙がこぼれそうになっている。
 それでも言葉は濁さなかった。

(スーラのからだ、ご主人さまの、おすきに、なさってください………。)

 レイクの迷惑になってしまうことのほうが、何十倍も怖くて寂しくて哀しかった。

「バカだな」

 レイクはスーラを抱きしめた。頭と背中をやさしく撫でた。

「確かに最初は、ドラゴンがほしかったさ。
 今でもそういう気持ちが、ないかと言えばウソになる」
(………。)
「でも今は、そう思う気持ちの一〇〇倍も一〇〇〇倍も、スーラといっしょに昇りたいって思ってるんだよ」

 先刻のレイクは、紅蓮のドラゴンを使う自分を想像していた。
 その感覚は、悪くなかった。
 しかし天秤の片割れに『スーラといっしょにがんばりたい』と思う気持ちを乗せてしまうと、小石ほどの重みもなかった。

「ドラゴンと登る頂上の景色が一〇〇とするなら、スーラといっしょに登る景色は、一〇万から一〇〇万はあるね」
(じいぃん………!)

 スーラは、感動でぷるぷると震えた。

(大すきすき、です………!)

 一〇〇パーセントだった好感度が、一二〇〇パーセントになっていた。インフレである。
 レイクはスーラを守るように抱きしめたまま、アリアにも言った。

「そういうわけです、アリア先生。その提案は、論ずるにも値しません」
「本当によいのか?」
「そもそも、ズレてるんですよ」
「なに……?」

「召喚魔装士に憧れたオレは、いろんな本を読んできました。
 どの本にも、パートナーは家族とか子どもってありました。
 先生は、家族や子どもが今ちょっと出来が悪いってなったら、捨てて次に行こうって考えるんですか?」

「キミにとってのスーラは、そのような存在である――ということか」
「気づくのに、ちょっと時間かかっちゃいましたけど」

 レイクはわずかにはにかんで言った。

「そういうことなら、こちらを渡そう」

 アリアは、一枚のスクロールを取りだした。

「これは……?」
「地下迷宮に入るための許可証だ」
「この図書館の、地下迷宮ですか……」

「そもそもこの学園は、地下迷宮が先にあった。
 わたしたち教官やキミたち生徒にも、生きている拠点という意味合いがある。
 その危険性と秘匿性から探索はあまり進んでおらず、新しい魔法が見つかる可能性も高い。
 パートナーを落命させる禁呪の詳細も、その地下迷宮にある」

「いいんですか? そんな情報を簡単に教えてしまって」
「わたしが簡単に教えたのは、キミが簡単に答えたからだが?」
「えっ?」

「最弱のスライムがパートナーになってしまった事実を、簡単に受け入れた。
 その上で、パートナーにし続けることを迷いなく言い切った。
 なかなかできることではない。
 だからわたしも、許可をだすと決めたのだ。
 わずかでも悩んでいたら、このような許可はださん」

「そうだったんですか……」
「とにかく、精進してくれたまえ」
「はいっ!」

 レイクは、スクロールを受け取った。
 学園内の購買部で探索に必要なアイテムを揃える。
 魔法が使えない部屋が暗かった時のための松明や、剣が折れた時のための剣。
 傷を癒(いや)す薬草に、脱出のための転移結晶。

 そしてそれらをまとめて入れれる、魔法の袋だ。
 腰にさげれるサイズのこれは、アイテムを二〇個まで入れることができる。
 ただしかなり高価であるため、レイクであってもレンタルだ。
 序列三〇位以下の生徒に至っては、レンタルすらも許されない。

「じゃあ次は、武器の切れ味の確認をしておくか」 

 レイクは、室内の特殊訓練場に移動した。
 そこは、ちょっとした森のようになっている。
 光と水があれば半ば無限に増殖する、グランドツリーのせいである。

 この木の増殖のスピードは異常だ。
 ビデオの早送りをしているかのようなスピードで枝葉を伸ばし、テリトリーに入った生き物を絡(から)め取る。
 レイクは剣を引き抜いた。

 斬撃一閃。
 グランドツリーの幹がスパッと切れる。

 直径三〇センチ級の幹は、そう簡単に切れるものではない。
 並の冒険者はもちろんのこと、そこらの冒険者では相手にならない学園の生徒でも、魔装を使わなければ簡単には切れない。
 それがレイクは、キュウリでも切るかのように簡単に切る。
 さらにコンマ一秒に八つの斬撃を放つ達人技を放った。飛び散った木々の枝葉が、紙吹雪のように四散する。

「メインの武器は、いい感じか」

 続いてレイクは、予備の剣を抜いた。
 振り返り際、背後に迫ってきていたグランドツリーの枝葉をスパッと切り裂く。

「予備の武器もよし……と」

 その身のこなしは舞踊にも似た、洗練された動きであった。

(ご主人さま………♥)

 入り口の近くで待っているスーラも、頬を染めて見惚(みほ)れてる。

「それじゃあ行くか」
(こくっ………♥)

 ふたり並んで、図書館へと向かった。

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毎日更新やってましたが、本日からは毎週金曜日、夜十時ぐらい更新になります。。

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