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生と死と

 俺がトラックの荷台に滑り込むと同時にトラックが急発進した。その勢いで海老反り状態になって、上半身の一部が荷台の外に出た。一瞬だが空が見えた。
(やべっ!)
 咄嗟(とっさ)に荷台のあおりを両手で掴んだ。
 幸い、あおりが支えている体の部分より重心の方が少し低かったおかげで外には放り出されなかった。
 ドスッと尻餅をつくと、幌で囲まれて薄暗くなっている中の様子が目に飛び込んだ。
 正面にいくつかの木箱があった。
 先に乗り込んだ三人は左側の横向きの長椅子に並んで座っている。彼女達はトラックの振動で体が右に左に揺れている。
 それまでこちらと目を合わせなかった、それどころか顔も合わせなかった彼女達だったが、俺の滑稽な乗車姿を見たせいか、プッと吹き出した。
(これは近づくチャンスだな)
 すかさず笑いを取りに行った。
「危ねー!」
 彼女達がクスクスと笑い出した。
(もう一押しだ)「成績悪いからお前は置いてくぞ、って降ろされるところだった」
 彼女達は大きな声で笑った。

 この時、初めてジックリと彼女達の顔を見た。
 壮行会でも、彼女達は顔をこちらによく向けなかったので、あまり見えていなかったからだ。
 向かって左の彼女は黒髪が恐ろしいほど長く、顔は面長で頬はこけ、ひどく痩せて見える。
 袖から出ている手と裾から出ている足を見る限り服のサイズは合っているはずだが、ダブダブなのだ。
 残りの二人は見覚えがある。廊下で腕を組んで歩いている<似ていない双子>だ。
 二人ともショートヘアで少し茶髪。お揃いで、髪の両側に桜の花弁らしい飾りが付いたピンクの髪留めをしている。
 左の彼女は目が細く、右の彼女は目がパッチリしている。
 目を見なければ上から下までそっくりだ。
 二人は長椅子に座りながら腕を組んで寄り添うようにしている。

 まずは掴みに成功したので、さらに近づくため自己紹介をすることにした。
 今腰を下ろしている位置では彼女達がずっと首を横に曲げることになるため、会話には具合が悪い。
 そこで、右側の横向きの長椅子に腰掛けることにして、彼女達と向かい合わせになった。
 長椅子を通してタイヤの振動がガタンガタンと伝わってくる。
「俺は鬼棘(おにとげ)マモル。よろしく」
 彼女たちはバラバラにお辞儀をした。
 次は誰から挨拶するか三人で顔を見合わせている。右端の彼女が「お姉ちゃんから」と言うと、左端の彼女がこちらを向いた。
品華野(しなはなの)ミルです。よろしくお願いします」
 ポスターでは漢字が読めなかったので誰だか分からなかったが、フルネームを言葉で聞いた途端、遠い記憶が蘇った。

(あれ?……その名前……どこかで聞いたような気がする)

「シナハナノ ミルさん? よろしく」
 中央の彼女は顔を赤らめて俯き加減で言う。
「わ、歪名画(わいなが)ミイです。……よ、よろしく、お、お願いします」

(ん?……その名前もしゃべり方も……知っている……どこかで会った?……どこで?)

「ワイナガ ミイさん? よろしく」
 右の彼女も顔を赤らめて少し微笑んで言う。
品華野(しなはなの)ミキです。よろしくお願いします」

(ああ、その名前も知っている……とても懐かしい気がする……なぜ?……どうして三人とも知っているのだろう?)

「シナハナノ ミキさん? よろしく。……あれ? シナハナノさんが二人も」
「はい、あちらが姉で私が妹です」
「姉妹で参加ですか」
「はい。姉が心配してくれて。また、ミイさんも心配してくれて三人一緒に志願したのです」
(イヨも志願したのだろうか?)「これって志願して参加するの?」
「はい。志願ともう一つ、学校からの指名があります。私は指名です」
(自分が死神ではないかと恐れるイヨが志願するはずがない。指名だな)「そうなんだ。どういう基準で?」
 ミキは急に無口になった。聞いてはいけないことかも知れない。
 その話題を避けて世間話をした。話をすると、彼女達と少し打ち解けた気がした。
 こうやって話をしていると、遠い記憶が沸々と蘇ってきた。

(ああ……やっぱり、以前どこかで彼女達に会っている気がする……そして……なんか、助けなきゃって気がする……助けなきゃ……なぜ?)

 記憶を一つ一つたどっても、どうしても思い出せない。このもどかしさ。
 ここで悩んでも仕方ないので、思い切って聞いてみた。
「あのー、変なことを聞くようだけど、前に一度会ってたりする?」
 ミルが「私はお目にかかったことがありませんが、二人はどこかで、ね?」と言って右を向く。
 ミイが「は、はい。ま、前に一度助けていただきました。ね?」と言って右を向く。
 ミキが「はい、私も」と言ってミルの方を向く。
「ゴメン。記憶喪失で覚えてないんだ。でもまあ、一度助けたときに会っているなら初対面じゃないな。……で、助けたって、何かあったの? 覚えてなくて悪いけど」
 ミキは思い出したくないことを思い出すようなイヤな顔をしながら言う。
「私もミイちゃんも、似たようなことで助けていただいたのですが。私の場合、ミイちゃんが部活で遅くなるので私一人で学校から帰る途中、タケシとかいう男子生徒とその仲間みたいな人達に取り囲まれて」
(またあいつらか!)
「なんでも、『二人で腕を組んで歩いているのは気持ち悪い』と。仲良しが腕を組んで何が悪いのか分からないのですが。その時に助けていただきました。ね?」
「う、うん。……わ、私も、ミ、ミキちゃんがいないときに、ひ、一人で歩いていたら、お、同じ理由で絡まれて。そ、その時です、た、助けていただいたのは」
(まさかその時、『俺の彼女に手を出すな』って言ってないよな……)
 少し顔が熱くなってきた。
「ゴメン。覚えてなくて」
「いいえ。でもあの時は助かりました」
「腕を組んで歩いているだけの理由で絡んでくるとはヒドイ奴らだな。何か-」
 ミルが話を遮る。
「まあ、終わったことですから。その節は二人を助けていただき、ありがとうございました。」
 この話はこれで終わったのだが、腑に落ちなかった。
(タケシは結構相手の過去を調べている。先日のイヨの時がそうだ。この二人も過去の何かを調べられて、ゆすられたのかも知れない。ミルが話を遮るってことは、何かある)

 俺は左を見た。
 トラックはちょうど梨園が広がる土地の真ん中を走っていた。
 梨の木々が次々と遠ざかるのをボーッと見ていると、トラックがカーブを曲がった。
 すると、遠くに焼け焦げた校舎が見えた。
「あれは学校?」
 俺が指さすと、ミルが(まぶ)しい物を見るように、手を目の上に(かざ)して言う。
「ええ、花道丘高校です」
(えっ!……それって……元の世界で通っていた高校!)
 驚きのあまり、声が上ずった。
「どうしてあんな姿に!?」
「とても悲しいお話なのですが、あそこが軍事施設と間違われたらしく、授業中に爆撃に遭いまして、あのように焼けてしまいました。生徒さんも先生達も多数亡くなったそうです」
 その言葉を聞いて、ショックのあまり目の前が真っ白になった。
「生き残った方々は、みんな十三反田(じゅうさんたんだ)高校に編入されました。だからうちの学校はクラスが多いのです」
(……だから……だからなんだ)

 今までジュリもケンジも学校で一度も見たことがない。
 編入先の学校にいないということは、爆撃の被害に遭ったことになる。
 並行世界でなぜ会えなかったのか、今初めて分かった。
 無性に涙が出た。止めどもなく涙が頬を伝って流れていく。声を出して泣きたかった。
 だが、彼女達を前に男泣きは我慢だ。グッと(こら)えた。
「あら、ゴメンなさい。昔のことを思い出させてしまいました?」
「いいんだ。……あの学校に友達が何人かいて……今まで学校で一度も見かけたことがないから、だから……」
「それはお気の毒に……」
 引き取られた叔父さんが違ったので、別の高校へ通ったに違いない。
 その結果がこれだ。
 二人は死んで俺は生きている。並行世界では、こんなに残酷な運命の道を歩むのだろうか。
(ジュリ……ケンジ……)
 心の中で嗚咽した。

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