序章 3
魔導士は腹の底から絞り出してくるような厭らしい低い声で呟いて来た。不愉快だぁこのデカイ蝿みたいな怪物は近くに行ったらさぞや息も臭いんじゃないのか。
「試して見るかいリガルディさんよ」
魔王は言葉を続けた。
「お前は全身何処を見ても一分の隙もないように見える。察する所恐らくは何かの魔法具を使って魔法防壁を敷き防御は完璧なのではないのか?」
ううーん、そこは……見抜かれたか。
僕は思った。まあ良い、それならそれで話が早い。
「このレベルまで来て魔王に立ち向かうのに、魔法防壁を牽かない戦士も珍しいだろう」
俺はそうヤツに答えてやった。
「なるほど……物理的にも魔法的にも隙はないと言う訳か……。
それはまいったな……、それではどうしたものかなぁ」
ヤツは芝居がかった仕草で顎に手を当てて、思考を巡らしている様に両眼を宙に泳がせた。そして思い付いたように口を開いた。
「……そう、こうしよう。君には私と同様の美しい強靭な姿態を進呈しよう、傷だらけじゃないか。体がガタが来てたら先々不便だろう。今後は君とは同盟関係を結ぶ。君の眷属には手出しはしない。それで大人しく此処から引きあげていただけないだろうか」
魔王は僕に敵わないと思ったのか、手のひらを返したように低姿勢になり、急に拍子抜けする条件を投げ掛けて来た。無論この後に及んでそんな戯言に惑わされる気など毛頭ない。
「おいリガルディ、頭おかしいんじゃないのか?!誰が好き好んでお前の様な糞デブの体に成りたがるかよ!」
この腕も体も今は傷ついているがそれは俺の勇者としての勝利の証だ。俺は改めて気を引き締め、嘗ての実戦で鍛え上げた贅肉のない腹筋と胸筋に力を入れて剣を構え直した。
「おかしいなあ……さっきから君の後ろに、体を隠す衣装も無く恥ずかしそうに佇んでいる美しい姫君も、今の君より私の方が好みと言っている様に見えるのだが……気のせいか」
俺の後ろに女? しかも半裸? 何を言ってるんだ。
「でたらめを言うな……こんな荒野の果てに人など来られるものか……」
俺はそう答えたが、ヤツは何故か一向に動じる様子はない。ヤツは僕を促す様に顎をしゃくって、俺のすぐ後ろに視線を移してほくそ笑んだ。
それに吊られて僕も反射的に後ろを一瞬だけ振り返った。
「?…何処に半裸の姫だって……?」
そう言って、つい振り返ってしまったのだ……。
全く残念なことに……。