3−1: 講義 1
「通常運転」
机の向こうの壁の一面を占める10枚の大型ディスプレイを眺めながら、テリーが呟いた。
「そうだな」
イルヴィンも大型ディスプレイを眺めながら答えた。
「それでな、」
イルヴィンは続けた。
「今夜だが、来てもいいぞ。エリーがそう言っていた」
「邪魔じゃないか?」
「いや、」
イルヴィンは昨夜のやりとりを思い出していた。
「上級研究員二人から講義を受けられる機会はそうあるもんじゃないそうだな」
それを聞き、テリーは隣で声を挙げて笑った。
「それは、そうだろうが」
そう言って、テリーはまた笑っていた。
「仕事が終って、一旦帰ってから来いよ」
イルヴィンは端末を操作し、自宅の地図を表示さえた。それをテリーに向けると、テリーも自分の端末をそえに接触させた。自分の端末を見ている様子からは、テリーは地図を受け取ったのだろう
「あぁ、何か摘めるものを持っていくよ」
端末を見ながら、テリーはそう応えた。
* * * *
夕方、勤務が明けて帰宅し、端末から基礎資料を読んでいるところにエリーがやって来た。
「ピザ、2枚あればいいわよね? それとドリンク6本」
そう言い、両手を突き出し、袋を見せた。
男性用のGパンではないかと思えるものに、Tシャツ、それにもう一枚ジャケットのようなものを羽織っているだけだった。イルヴィンはそれを以前見たことがあった。形もまだしっかりした革のジャケットだったはずだ。
「ほら、ポケットに物を入れるから、崩れちゃって」
エリーはそう言って、いつも襟を直すのだった。
「あぁ、テリーもすく来るはずだ。入っててくれ」
イルヴィンはどちらを持とうかとエリーの両手を見た。その後、ドリンクの方に手を伸ばし、それをエリーから預かった。
TVがある部屋に戻ると、エリーにソファーを勧めた。エリーは鞄からクレードルを取り出すと、すでに電源に端末を乗せ、接続してあったイルヴィンと同様に電源に刺し、端末を乗せた。
先に始めていようということで、ピザを一枚の半分ほどを進めたところだった。イルヴィンの端末に玄関先のテリーが映った。
「入ってくれ」
テリーは入ってくるとイルヴィンとテリーのいる部屋を見渡した。
「ピザ、重なったな」
広げてあるピザの箱の横に、新しい箱を置いた。そしえ何本かのソフトドレンクが入った袋も。
「あなたがエリー・アベル? よろしく」
手を差し出すわけでもなく、そういう挨拶だけをした。
挨拶の後で、テリーもクレードルを出すと自分の端末をそこに置いた。ソファーに割り込もうはせず、床に腰を下した。
「現代都市伝説研究所接続」
するとテリーの端末にアシスタントが現われ、TVを使える旨を知らせた。アシスタントの声を聞き、形ばかりではあるのだろうがテリーは私を見た。私がうなずくと、テリーはTVへの接続をアシスタントに承認した。
TVには三枚のウィンドウが大きく開いている。一つは私のもの、一つはエリーのもの、もう一つはテリーのものだった。
テリーはピザを一枚取った。
「どこまでできてるって?」
そう言い、私のウィンドウを眺めた。
「一日、二日なら頑張って読んだってとこかな」
「そうね、そこを確認したから、本題に入ろうかと思っているところ」
「テリーのを」
エリーがそう言うと、テリーのウィンドウが前面に現われた。
「あなたの基本分類はいいわ。でも『現代の怪談』はなぜなぜその分類が用意されているの?」
「いや、研究所には残っているにせよ、消すわけにもいかないし」
テリーはピザを食べならが答えた。
「だけど、こんなクズを取っておいてもしかないでしょう?」
イルヴィンはTVからテリーに目を移した。
「本態をクズっていうのはどうかなぁ。分類基準にもなるし」
「テリー、あなたは本態を追跡しているの?」
そういう二人の会話は、四枚めのウィンドウに表示されていた。
「するわけないだろう?」
「なぜ? 本態なのに?」
「そりゃぁ」
テリーはピザに左手でもう一枚手を伸ばしながら、そして飲み物を右手で探りながら答えようとた。
「クズだからでしょう?」
「そのとおり!」
袋から缶を取り出したテリーは、ピザを咥え、右手でプルタブを開けながら答えた。
それを聞いたエリーは笑みを浮かげた。
「そのとおりなんだけど。あれ?」
「それでいいわ。同じ意味で本態をクズと呼んでいることが分かれば充分ね」
「あぁ、いいかな」
イルヴィンは、どういう会話なのかがわからず、声を差し挟んだ。
「本態とか、クズっていうのは……」
「そこからか……」
テリーはそう言った。
「そこから、そもそも面白いの」
エリーもピザに手を伸ばした。イルヴィンもまた手を伸ばした。
イルヴィンは何やらわからない居心地の悪さを感じていた。