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1−5: 都市伝説

 イルヴィンは帰宅すると、端末を上着のポケットから出し、サイドテーブルの上のクレードルに置き、サイドテーブルに向き合うソファーに腰を下した。
「エリーと話したいんだが」
 イルヴィンは端末にそう言った。
「イルヴィン。なに?」
 数回の呼び出し音の後で、エリーはそう応えた。
「あぁ、そうだな、君も……」
 イルヴィンは端末に映ったエリーを見て、そこで言い淀んだ。
「君も都市伝説のことは知っているだろう?」
「都市伝説? そういうのは好きよ。発生から流布についての論文もあったわね。私は主にその形態の方に興味があるけど」
「いや、うん……」
 イルヴィンはまた言い淀んだ。
「そういう一般的な話ではなく」
 端末の中でエリーが微笑んだ。
「あぁ、知能サービスについてのもの?」
「そうなんだ。君から見て信憑性はどの程度のものなのかな」
 エリーは首をかしげていた。
「その類の都市伝説の信憑性の話? それとも技術的な面での話?」
「それは、あー、違うものなのか?」
「まったく違う話ね。例えば、道路のあちこちに三つ目の大入道がいるという話があったとするわよね」
「あぁ」
 イルヴィンにはどういう話の流れなのかが掴めなかったが、相槌で応えた。
「じゃぁ、その三つ目の大入道は何なのか。ちゃんと話を辿れればだけど、たぶんそれって信号機についてのヨタ話からだってわかると思う。これが信憑性の例」
「それじゃぁ技術的な面っていうのは?」
「信号機っていうのは何なのか、どうやって動いているのか、どうやって設置されたのか、どういう目的があるものなのか、どうやって作られたのか。そんなところね」
「あぁ、ええと、そうか」
 イルヴィンはまた曖昧な相槌で応えた。
「何かあったの?」
 エリーはこちらを凝視めていた。正確にはエリーの端末に映るイルヴィンの顔を、目を凝視めていた。
「今日、トム・ガードナーが倒れたんだ」
 画面の中でエリーは口を開いていた。
「大丈夫なの?」
「いや、大丈夫とは言えないようだ。意識が戻らないらしい」
「お見舞いに行った方がいいかしら」
「それが、本社運営の病院に、隣の州にあるんだけど、そっちに移送されたらしい」
 エリーはこめかみに右手の人差し指を当てていた。
「倒れたのはいつなの?」
「仕事中。サービスセンターで、ユニット交換をしている時に倒れたんだ」
 エリーに笑顔が戻った。
「そういう状況だったから、都市伝説を気にするだけよ」
「そうかもしれない。だけど、さっき君が言った信憑性と技術面の話だっけ? それを聞いておきたいんだ」
「そう」
 エリーは向こうで指を折っていた。
「まず信憑性ね。あなたに興味があるなら、追跡してみてもかまわないけど。一先ず言えるのは、信憑性はかなり薄いと思う」
「その理由は何かあるかな?」
「推測だけど、人工知能関係の技術がかなり進歩したことが、流布した理由にあるとおもう。何でこんなに知能サービスが急に普及したのかって、疑問に思っても不思議ではないと思う」
 イルヴィンには、確かに、この10年ほどに急激に発展したように思えた。
「でも、それはこれまでの歴史を知らないから。知っていれば、なるようになったというところだと思うけど」
「つまり、結局都市伝説は都市伝説だってことか?」
 イルヴィンは訊ねた。
 エリーは右手を向こうの端末の前に突き出した。
「技術的な面も考えてみましょう。脳を培養する。それだけでもかなり無理がある。さらには、脳と外部とをどうやって接続するのか。それもかなり無理がある」
 そう言いながら、二本、指を立てた
「無理ってことなんだな?」
「そうじゃないの。無理があるけれど、不可能とは限らない。現在の技術はそういうところまで来ているの。コストに合うかというところが問題ね」
 エリーはもう一本指を立てた。
「そして、それらが可能あったとして、脳を培養したならそこに生まれるかもしれない人格や意識はどうなるのかっていう問題も」
 そうしてエリーは四本めの指を立てた。
「あぁ、あとそうだエリーは知らないかもしれないけど。ユニットは一辺が10cmの立方体なんだ」
 エリーは両手の人差し指と親指を縦横に並べ、大きさを見ていた。
「何よ、それじゃぁ、そもそも人間の脳なんて收まらないじゃない。あなたがその都市伝説に最初から否定的なのも、それでわかるわ」
 五本の指をすべて立て、エリーは答えた。
「五つもあれば、まぁ無理だと思うけど」
 エリーは手を端末の前から下げた。
 イルヴィンも自分の頭に指を当て、およその大きさを計ってみた。
「だけど、都市伝説には別バージョンもあるんだ」
「別バージョン? 脳じゃないの?」
「いや、脳は脳なんだが。一つのユニットに一つの脳が入っているわけじゃないっていうのがあるんだ」
「どういうこと?」
 エリーが訝しげな表情を浮かべた。
「詳しくはわからないよ。そういう前提で聞いてくれ。別バージョンだと、脳の機能の単位っていうのかな、それごとにユニットに收められているっていうんだ」
「あぁ…… それならユニットに收まるわね。それに人格の問題も、もしかしたら抑えられるのかも」
「さっきも出たけど、人格の問題って?」
「えぇ」
 エリーは自分の頭を指で突いた。
「私もあなたも、一揃いの脳を持っているわね」
 イルヴィンは、見えるわけでもないが、目を上に回した。
「一揃い持っていると、そこに人格が生まれるかもしれない。培養されていたとしても」
「それは…… 問題になりそうだな」
「でも一揃いではなく、機能単位に分解されているなら、そういうことはないのかもしれない」
 イルヴィンは自分の脳がヘラや熊手で分解されていくのを想像した。それは、あまり心地良いとは言えない想像だった。
「それに、機能単位ごとに培養するのなら、そもそも一揃いの脳が意識や人格が生まれてしまった後に脳を分解するなんていう、倫理的な問題は回避できることができるかも」
「脳の培養に、倫理的な問題がないと?」
「脳全体を培養するのに比べればよ、もちろん」
「技術的な可能性は、あるんだな?」
 エリーは首を横に振った。
「脳全体の時も言ったけど。結局神経と外部との接続が問題になるわね」
 イルヴィンは、端末上にエリーとの会話の要点を表示させた。
「つまり、トムの本当の脳そのものがユニットに入っていたという可能性は、まずまちがいなくないわけだな」
「えぇ、それだけはまず間違いなくない」
「そして、可能性が残るとしたら、トムの本当の脳の一部がユニットにあったのかもしれない」
「可能性としてだけね」
「ユニット交換で、トムの本当の脳を構成する、何か重要な部分が交換されたのかもしれない」
「そこまでいくと、可能性とすら言えるかわからないけど」
 イルヴィンはその要点をもう一度頭の中で繰り返してみた。
「それでなんだが。交代に来た、テリー・ジェラルド。まだ若いんだが。見覚えがあるんだ」
「会社かサービスセンターで見たことがあるの?」
「いや、それとはちょっと違うんだ。トム・ガードナーの若い頃に似ているんだ」
 エリーは眉をひそめていた。
「クローンだなんて言わないでしょうね」
「いや、言うつもりはないが」
 エリーは一度大きく息を吸い、そして吐いた。
「いい? 私はあなたにそっくりな人なんて見たことはないわよ」
「あぁ、俺も見たことはない」
 それを聞くとエリーは笑みを浮かべた。
「これで充分?」
「え? あぁ、勉強になった」
「もしよかったら、今度時間を取って。あなたの部屋でいいから。夕食を摂りながら、もっと詳しく教えてあげられるけど」
「いや、夕食だけにしよう」
 イルヴィンはすぐに答えた。
 その答えに、エリーもイルヴィンも笑った。

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