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 里長郡司(さとなが ぐんじ)は、日本のSF漫画家。神奈川県川崎市出身。三十五歳。三十歳の時、『不死への退化』でデビュー。代表作に『サイバーパンクの季節』などがある。
 デビュー以前は天京大学大学院で人工知能の研究に従事しており、人間の自我に関する最新の認知心理学の知見に基づくコンピュータモデル「意識シミュレータ」の研究開発の中心研究者として知られる。意識シミュレータを用いて二百人の被験者にチューリングテストを行い、一二六人が同シミュレータを人間と誤認した。シミュレータの開発が一段落した後は研究職を辞し、月刊Sci-Fiに漫画を投稿し始める。最初の投稿から一年後、二作目の『不死への退化』が月刊Sci-Fi新人賞漫画部門大賞を受賞。以降、情報工学と認知科学の深い専門知識に裏打ちされた緻密なSF漫画で多くのファンを魅了し続けている。
 ウィキペディアによると、里長郡司とはそういう人物らしい。もちろんウィキペディアを調べただけでは情報収集にならない。もっと詳しく調べる必要がある。

 翌週私は会社から一日有給休暇をもらうと、朝一番に国会図書館へと向かった。ここで調べようと思ったのは、大宇部(おおうべ)織子(おりこ)という人物のことである。『韻律函數(かんすう)』のような優れたSFを創作できる人物なら、生前に月刊Sci-Fiの新人賞を受賞している可能性があると考えたのだ。禮音(れいね)によると大宇部織子は生きていれば里長郡司と同い年だそうだから、十五歳くらいで亡くなったことになる。大宇部女史がどれだけ天才か知らないが、まさか小学生のうちにSF新人賞を取ることはないだろうから、彼女が亡くなる前の三年程度の期間の月刊Sci-Fi新人賞の受賞者を調べれば良い。
 もともと可能性は高くないことはわかっていたが、受賞者はおろか最終選考の候補者リストの中にも、大宇部織子の名前は見つからなかった。諦めようかと思ったけれど、その前に彼女が亡くなった翌年の新人賞も調べてみようと、その年の受賞者発表の号を取り寄せてみると、驚くべき記事を発見した。
 その年の新人賞小説部門佳作受賞者の一人として、大宇部織子の名前が記されていた。選評には、受賞を知らせるために大宇部女史に連絡を取ったところ、彼女はすでに亡くなっていたと書かれ、若く優秀な才能が不幸にみまわれたことを心から惜しむと書かれていた。この大宇部女史が、天国で『韻律函數』を書き、里長氏はそれを何らかの方法で教えてもらったのだろうか。
 ちょうどそれを見つけ出した直後、携帯電話が震えだした。電話ではない。人に会う約束をしていて、その約束に間に合う時間に図書館での調べものを切り上げるために、アラームをセットしておいたのだ。今日有給休暇を取ったのは、むしろそちらが主な要因だった。
 国会議事堂前から千代田線で淡路町へ。地上に出てから靖国通りを神保町方面に進み、すずらん通りに入って二十メートルほど。一階にampmがある雑居ビルの五階が、月刊Sci-Fiの編集部である。私はこれまで月刊Sci-Fiの新人賞に幾度か作品を応募していた。先日発表された最新の募集への応募結果は二次選考落ち。私は自作に対する意見を聞きたいと理由をつけて、編集部にアポイントを取り付けたのである。駄目でもともとのつもりで電話したのだが、ちょうど比較的時間がとれる時期だったそうで、十五分程度なら会ってもよいと返事をもらえた。時計をみると十四時ジャスト。編集部と邂逅の約束の時間だ。

「今回のあなたの応募作品読みました。大まかな設定や方向性は個人的に好きなジャンルなんですが、根幹になっている科学理論についての調査が甘いですね。ちょっと濃いSFファンなら『よく調べずに書いてるな』と喝破しますよ」
 編集部の根津(ねづ)という男は私に名刺を渡して自己紹介をすませると、早速批評してくれた。
「科学的に考えれば荒唐無稽に思える設定で面白いSFを書く書き手さんもたくさんいらっしゃいますがね、そのためには設定の突拍子もなさを気にする暇もなく読者が作品に夢中になるような、圧倒的な魅力が必要なんです。もっと設定を科学的に作り込んでSFファンを満足させるか、もしくは設定の穴を補って余りある魅力を他の要素で付け加えるかしないと、うちでは厳しいです」
 仕事の時間を割いて面会してくれた根津氏には悪いが、私は来たことを後悔しはじめていた。他にも、どう書けば盛り上がるか、どう書けば自分の狙った通りの印象を読者に与えられるかを読者の視点に立って考えろ等、耳の痛い話が続いた。
「ところで根津さん。最近ずっと昔の月刊Sci-Fi新人賞受賞作について調べていたのですがね、二十年ほど前に、受賞者に連絡したらその方が既に亡くなっていた、という事があったそうですが」
 批評という名の集中砲火が途切れたタイミングを見計らい、私がそう切り出すと、根津氏はちょっと考えた後、「ああ、その話は聞いた事があります」と答えた。
「私が入社するはるか前ですが、編集部では今も語り継がれる伝説ですよ。当時の事は、編集長が知っているはずです」
 根津氏はそう言って、編集長を呼んできてくれた。編集長は何か作業中だったようだが、根津氏から二十年前の例の話を聞きたいと伝えられると、気分転換に少しだけならと時間を取ってくれた。
「その時の応募作、『死ナナイ病』というタイトルだったが、選考委員の間で評価が高く、作者が若干十五歳と知って一同騒然としていたよ。表現に稚拙な点が見られる等の理由で大賞には届かず佳作ということになったが、将来は必ず人気作家になると誰もが思った。ところが受賞を知らせようと電話してみたら、作者は既に亡くなっていた。本当に残念だったよ」
 選評のための誌面の一部を使って彼女への弔意を表したのは、印象に残る形で彼女の名を記録しておくためだという。大宇部織子という失われてしまった若き才能を、日本SF史に残したいという思いから、遺族の了承を得て弔文を載せたのだそうだ。
「だから、彼女について話す機会があれば、必ず俺は彼女の作品がどれほど優れていたかという事を、存分に話して聴かせる事にしているのだよ」
 マルボロのメンソールをくゆらせながら、編集長は懐かしげに語った。
「ところで運命というのは不思議なものでね。それから十数年たった頃、その『死ナナイ病』と似た作品が別の人物から投稿されて来てね」
「もしかして、『不死への退化』ですか? 里長郡司先生の」
 私が口を挟むと、編集長は目を丸くして「よくわかったね」と感嘆の声を漏らした。
「似ているといってもパクリという程ではないし、そもそも『死ナナイ病』は当時の編集者だけが読んだ後、厳重に保管されて誰の目にも触れていないんだからパクる事は不可能だと思うんだが、どうにも共通点が多かった。念のため作者の里長くんに連絡を取ってみると、どうやら彼は、『死ナナイ病』の作者、大宇部織子の幼なじみだったらしいのだな」
 里長郡司氏と大宇部女史は、やはり繋がりがあった。これは重要な手掛かりかも知れない。そう私は思った。
「『死ナナイ病』の執筆時も、里長くんは大宇部織子にいろいろ助言を与えていたらしいし、『不死への退化』が『死ナナイ病』に触発されて出来たものである事も間違いないそうだ。そういうことなら『不死への退化』を里長くんと大宇部さんの共作という事にすべきかとも考えたんだが、遺族や里長くんと相談の末、様々な理由から里長くん一人の作品として発表したという訳だ」
 興味深い話を聴く事が出来た。私は根津氏と編集長にお礼を言うと、その場を辞した。

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