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「半壊一棟、一部損壊一二棟、道路の陥没──と、街灯のいくつかの破損。想定したよりも損害はかなり軽微だ。ペストの特性をかんがみると、周辺の建造物は全てメンテナンスが必要だがな」

 平坦な合成音声に気づいて、ヴィオレは目を覚ました。

 鼻につく薬品臭に混じって漂っているのは、柔らかいハーブの香りだ。それだけで今いる場所を悟ったヴィオレは、起きあがろうとして体に走った痛みに思わず呻いた。

 耐えられないほどではない。けれど、全身余すところなく響き渡っていく痛覚は、次の挙動を慎重にさせるのに十分すぎる。

「まだ動いちゃ駄目だ」

 軽い足音を慌ただしく鳴らして、ヴィオレの視界に白衣が入り込んだ。顔をわざわざ見上げるまでもない。

 研究室にハーブの香りを漂わせている科学者など、浅間には御堂しかいないのだから。

「内臓損傷、亀裂骨折を始め、ありとあらゆる部位にガタがきている。超振動がもたらす衝撃に加え、あれだけ無茶な動きをしたならなおさらだ」

 白衣の後ろから聞こえる合成音声は、ヴィオレの新しい記憶と比べればかなり冷静さを取り戻しているようだった。ベッドの右側、御堂の作業場に置いてあるパソコンのスピーカーから聞こえてくる。

 二人の関係はどうなったのだろう、とヴィオレはふと思った。目的が共通しているようで、どこかすれ違っているこの二人は、和解することが果たしてあるのだろうか。

「どのくらい……経ってるの」

 乾いた口で、どうにか声を出す。ヴィオレ自身言葉の不足を理解しているが、それだけでも喉がひりつくし肺が痛む。

 水の音がして視線を動かすと、ちょうど御堂がコップに水を注いでいるところだった。

「三日は眠ってたよ」

 考える素振りもなく、御堂は応えてヴィオレの口元にコップを差し出した。これだけ体が動かないのは久々のことで、思い返せば五年前、ハイジアになるための手術後以来なのではないだろうか。それどころか、御堂への「暴行」もヴィオレからすれば昨日のことだ。

 気まずさは当然残ってはいる。けれど、喉の渇きには耐えられない。

「なに、浅間はさほど変わってない。中層の壁に開いた穴はハイジアの警護付きで修復作業が進んでいるし、微振動を探知するセンサーも内壁カメラに接続されることになった──今回のペストがレアケースでないとも限らないからな」

 喉を潤している間、なにも引きずっていなさそうなレゾンの解説がヴィオレの気まずさを紛らわせた。

 それも一時的で、ヴィオレがコップを空にしたあと口元まで拭く御堂のかいがいしさに、じわじわと罪悪感が湧きあがる。

 言い訳ならば、わざわざ指を折るまでもなく、いくらでも思いつく。ただし、言い訳した程度でどうにかなるような性質の罪悪感ではないことも、ヴィオレは理解していた。

「……ごめんね」

「うん。僕も、ごめん」

 ぎこちない謝罪が、二人の間を往復した。

 しばらく間を置いて、御堂はヴィオレの方へ手をのばす。一度拒絶されたにも関わらずためらいも迷いもなく、まっすぐな動きで紫の髪へ近づいてくるのを、ヴィオレはじっと見つめ続けた。

 これはきっと仲直りで、新しく関係を築き直していくことになるのだろう。

 ハイジアと管理者ではなく、実験対象と科学者でもない。

 ヴィオレと御堂祐樹として。

「よく頑張ったね、ヴィオレ」

 御堂の言葉に、ヴィオレは目を閉じる。

 足りなかったなにかは、欲しかったなにかは、必要だったなにかは、きっとこの言葉だ。

 頭の上に乗せられた手は、思っていたよりずっと大きかった。

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