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「退化した眼球と発達した耳の形状から見て、反響定位を獲得しているらしい──音で相手の位置を把握する力のことだ。これで浅間の位置を特定したようだな」
音、と小さく繰り返す。
それは、なかなかに面倒な要素だった。念動力自体は無音であっても、ヴィオレは自ら動かなければペストに有効打を与えられない。動きによって生じるかすかな音であっても拾うのであれば、どうしても接近の際に位置を把握されてしまう。
ファーストコンタクトで敵の機動力を削ぎ、隙をついて本命の一撃で仕留める手法は、浅間内ではあまりに難しい。すでにお互いを知覚しあっている今はなおさらだ。
「やりにくい……」
ぼやきながら、ヴィオレは制動をかけて進路を右斜め前方へ変更する。正面からぶつかり合うのを嫌ったからだが、ペストは敏感に反応。周囲の住宅にも劣らぬ巨体で器用に道に侵入すると、ヴィオレに口吻を向けたまま臨戦体制に入る。
ペストの巨体では、建物に挟まれた道で体の向きを変えるのも一苦労だ。ヴィオレはさらにペストの横腹を狙うような軌道をとり、接近を試みる──が、そのせいで相手の動きに気づくのが遅れた。
ペストの口が開く。
けれど、先のペストとは違い、口内にあふれ出る炎はない。
「──っ!」
咄嗟に足を止め、体の前面に念動力を展開。火柱すら遮った不可視の壁を作り、攻撃に備える。
遅れて、轟音。
文字通り、音がヴィオレに叩きつけられる。
予想もしない衝撃に対応する暇もなく、ヴィオレは正面から叩きつけられた見えない打撃に吹き飛ばされ、そのまま後ろへ倒れ込んだ。
イヤフォンから発されているはずのレゾンの声が、とてつもなく遠い。辛うじて地面の揺れでペストが追撃しようとしているのを察し、ヴィオレはなんとか念動力で地面を弾いて移動。数瞬後にはヴィオレのいた場所を巨大な前歯が抉る。
「な、に……これ」
ふらつく足で地面を掴み、ヴィオレは頭を押さえた。まだ轟音が頭蓋の中で残響しているような、鈍い不快感が残っている。
視線を上げれば、ペストの向こう側にある建物の──さっきまでヴィオレが背にしていた窓は、ほとんど割れて窓枠に接した破片だけになっている。
「声だ」
苦々しげなレゾンの声が、ようやく言葉の判別がつくくらいには聞こえるようになった。
「こえ?」
「とにかく後ろへまわれ。正面に立つな」
レゾンの指示に従い、ヴィオレはどうにか足を動かして移動を開始した。
ペストも背後を取らせる気はないようで、手早くアスファルトを砕いて歯を抜くと、四肢を小刻みに動かしてヴィオレを追う。
その間にも、レゾンの分析がイヤフォンから流される。
「声──というより、音は空気の振動だ。振動の密度を高めれば打撃のように使うこともできるし、相手の耳も潰せる。厄介だな」
ワンテンポ遅れて、ヴィオレの神経はようやく痛みを発しはじめた。物理的な打撃をくらったのと比べても、なんら遜色ないダメージだ。
ヴィオレは表情を歪める。
「声帯の進化、ってこと? 突然変異にしては地味な気がするんだけど」
「ペストであっても数百年も経てばマトモな進化のひとつやふたつするだろう。それにしたって反響定位と声帯強化とは、生物誕生初期じゃあるまいし──」