04
「浅間で生まれてきた女性は……全てDNAを採取されててね。素質があると思われたら、ペスト細胞を受け入れるだけの準備が整うのを待って、問答無用で下層に連れて行かれてハイジアになる」
それは、安定してハイジアを「供給」するためのシステムだ。
ヴィオレを除いた全てのハイジアが、そういう風にして作られている。もっと貧窮していたころは、生まれてすぐの赤子を下層で引き取り、ハイジアに適した「教育」を行ったこともあるらしい。
「僕は六歳のときにそれを知った。妹と約束したんだ。科学者になって会いに行くって。でも、僕が一七歳のときに妹は死んだ」
「じゃあ、なんでブランの死を無駄にしたの」
「……」
「こんな使えない念動力のために、あなたの妹は死んだの!?」
八つ当たりのように、言葉を叩きつける。
戸惑いと悲しさと同情と共に、怒りもその強さを増していく。
対照的に、御堂の表情は少し苦しげではあっても穏やかなものだった。ヴィオレはそれが気に食わない。さらに手をこちらへ差し伸べてくるものだから、いっそのこと手を離してしまおうかとも思い始めた。
しかし、まだ答えを聞いていない。落とす代わりに念動力で壁を作り、頬に触れようとした御堂の手を明確に拒絶する。
「僕は君に、人として幸せになってほしかった」
「……私をハイジアにしたあなたが、それを言うの?」
「だから、だよ」
御堂は右手を離そうとしない。
念動力でできた透明な壁に触れたまま、続ける。
「ハイジアにも幸せになる権利くらい、あるだろう? それを証明したかった。……あいつが残したものが、人道を無視した計画に使われるなんて、僕には耐えられない」
ヴィオレは言葉を失った。
口だけではない。頭からも消え去った言葉は、戻ってくるまでに少しの時間を要した。
幸せ。権利。人道。なにもかもがハイジアと結びつかない。塔の上で拾われ下層で生きたヴィオレには、理解の範疇を越えているような気もしてくる。
そういえば、と思い至る。
御堂が、そして数多くのハイジアが産まれた中層を、ヴィオレは知らない。
「私には理解できない」
「そうだと思う。だから僕は、君を失敗作にした」
思いきり側頭部を打ちつけたような衝撃があった。
ヴィオレは愕然とする。自分はまだ御堂を信じていたかったのだ。白衣を掴んだ腕がバカみたいに震える。
「計画が実行できれば、君はハイジアとして幸せだったと思うか? 誰とも知らない人のために命を捧げて、ひとりで暗いところで死に続けるような目にあっても、英雄になれれば幸せだと思うのか?」
「……少なくとも、今よりはね」
「それは僕の力が至らないからだ。下層のやつらの凝り固まった頭をほぐすまで、少し待ってほしい」
戯言を、と切り捨てられれば、どれだけ楽だっただろう。
けれど、そんなことができるはずもない。今までヴィオレが信じてきた御堂祐樹は、その戯言を人の形にしたような男だったからだ。
「約束する。僕が君を幸せにしてみせる」