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09

「そう、だな。確かに私の根源のプログラムは、『人類を存続させるための最良の選択を行う』ことだ。人類にはできない選択をすることが、私の意義でも、あるのだが──」

 流暢に言葉を紡ぎ出していた合成音声が途切れる。

 うっすらと空気を震わせているノイズは残っているから、スピーカーは開いたままなのだろう。ヴィオレは思わず顔をあげるが、そこにあるのはただの金属球だった。

 人工知能に許されたアウトプットは、あまりに限られている。

「ヴィオレを利用しようとしていた、と言ったら、ヴィオレは私を嫌うか?」

 ようやく、レゾンは自分の言葉を継いだ。

 なんだ、そんなことか──とは口に出さず、ヴィオレはもう一度腕を枕にして応える。

「ううん。嫌う必要があるの?」

「意思決定能力のない子供のころに、それが正しい道だと言い続けたからそう言えるんだ。本当にヴィオレはそれでよかったのか?」

「そりゃあ、今の状態には満足してないけど……」

 言葉尻が掠れた。

 レゾンの言葉は正しい。ヴィオレはレゾンに教育を受け、レゾンの言う通りにハイジアとなった。レゾンが敷いたレールの上を、疑問も持たずに歩き続けて今に至っている。それが束縛であるとも自覚していないのは、もしかしたらヒトとして問題なのかもしれない。

「ヴィオレは理想のハイジアになる素質を持っていた」

 坦々と、レゾンは語り始めた。

「研究者にそれを認めさせるだけのデータなら、当時すでに出せていたのだが──問題は、ハイジアになれるだけの成長を、ヴィオレができるかどうかだった」

「すぐ死ぬって思ってたんでしょ?」

「あぁ。放射能を浴びすぎていたからな。すぐに死ぬと分かっているものを生かすだけの余剰は、浅間にはない」

「なんで死ぬのかは、よく分からないんだけど」

 レゾンは、砂をこするような──ため息のようなノイズをこぼした。

「ハイジアの適性は、放射能汚染に深く関わっている。放射能はDNAの軽微な損傷をもたらすが、その修復が繰り返されるたびに結合がゆるんでペストのDNAを仕込みやすくなる。同時に、DNAが重大な損傷を受けるリスクが高くなり、ガン化する可能性がある──と、何度も言ったはずなんだが」

「うん、そんな気もしてきた」

 ヴィオレは茶化すように返したが、その内容のほとんどを理解していない。

 自分はハイジアになるのに都合がよかった。それだけで十二分に意味があった。理屈や理論をこねるのは科学者の役目だし、ヴィオレはそれを得意としない。

「本来なら、ヒトはヒトが育てるべきだ。が、拒否されたなら私が育てるしかあるまい。それに──科学者は検体を検体としてしか見ないからな」

「私を育てたのは消去法だった?」

「本音を言えばな。けれど、その点において後悔はしていない」

 そこで一度、レゾンはスピーカーを切った。ぷつり、という音を最後に、最下層は束の間沈黙に包まれる。

 気にするほどの長さではない。けれど、言い逃げのようにも思える。ヴィオレはもう一度金属球を見上げた。

「私にとって、人間は複雑すぎてならない」

 再び電源の入ったスピーカーから、レゾンがぼやいた。

「ヴィオレはハイジアになりたかったか?」

「うん」

「なんのために?」

「なんのため、って……」

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