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【原神】からかい上手のナヒーダさん #24 - 草神の罠【二次創作小説】

 
挿絵


最後の死域が召喚した遺跡ドレイク・飛空の消滅と共に、辺りに静寂が戻っていた。

巨大な遺跡機械との戦いは予想以上に激しかったが、なんとか勝利することができたことを思い出す。

「まさか、あんな巨大な敵が出てくるとは思わなかったな」

「ええ。かなりの脅威だったわ。私たちの元素共鳴がなければ、苦戦していたでしょうね」

 ナヒーダは少し考え込む素振りを見せた後、ふっと表情を明るくして言葉を続ける。

「実はね、あの時、別の作戦も考えていたの。でも、あなたとの元素共鳴が想像以上に効果的だったから、使わずに済んだわ」

「別の作戦?」

 俺が首を傾げると、ナヒーダは手を軽く振った。瞬間、足元の地面から淡い緑色の光が漏れ出し、周囲の空気が微かに揺らめいた。

「草元素の罠を用意するつもりだったの。あの巨体を一時的に封じ込めれば、より効率的に戦えると思って」

 彼女の指先から延びる微かな草元素の糸が、地面にある種の模様を描き出していく。

「あんな巨大な遺跡機械を草の罠で封じ込めるなんて……本当にできたのか?」

 正直、半信半疑だった。草神の力とはいえ、あの巨体を拘束できるほどの力を持つ罠を短時間で仕掛けられるとは思えない。

「ふふ、疑っているのね」

 ナヒーダは少し意地悪そうな笑みを浮かべ、俺の顔をじっと見つめた。

「あなたがそこまで言うなら、実際に試してみましょう。少し時間をもらえれば準備できるわ」

 そう言うと、ナヒーダは両手を地面に向け、草元素の力を解き放った。緑の光が地表を走り、複雑な模様を描き始める。

「いまさら必要ないって……」

 俺の弱々しい抗議も空しく、ナヒーダは作業を続ける。数分後、彼女は満足げに手を叩いた。

「はい、できたわ。試してみてちょうだい?」

 草元素で描かれた円状の模様が、その中心に足を踏み入れる者を待つかのように、微かに輝いている。

「もし本当なら、さっきのドレイクを捕らえられるほどの罠なんだろ? 俺がそこに入って大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。強度は調整してあるし、すぐに解除できるわ」

 ナヒーダは実に自然に笑顔で答える。その様子に警戒心が芽生えるが、彼女の言葉を疑う理由もない。

(……あくまで草の力だし、俺ならすぐに剣で切って抜け出せるだろう)

 それに、風や岩、雷の元素もコントロールできる。万が一の場合は自力で脱出すればいい——そう考え、自信満々に罠の中央へと足を踏み入れた。

「まあ、俺には通じないだろ?」

 ナヒーダは含み笑いを浮かべながら、「さあ、どうかしら?」と言った。

 ——次の瞬間。

「うわっ!? なんだこれ!!」

 突然、地面から無数の蔦(ツタ)が勢いよく伸び上がった。足首に絡みつくと、瞬く間に膝、腰、胸、そして腕までもが拘束される。まるで生き物のように絡みつく蔦の感触に、身体をよじった。

「おいおい! がっちり捕まりすぎだろ、これ!」

 持っていた剣が落ちる。拾いたくても体がわずかにしか動かないため、拾うことができない。

「ふふ、ちゃんと機能しているわね」と、ナヒーダは満足そうに頷く。

 俺は風元素を宿した一撃を放とうとしたが、両腕が固定されているせいで十分な動きができない。それでも何とか指先から風元素を放出すると、蔦がわずかに揺れただけだった。

「風では効かないのか……」

 次に、岩元素の力で蔦を砕こうとするが、驚くほど弾力があり、硬い岩の力でもすり潰すまでには至らない。

「確かに……ドレイクの巨体でも捕らえられたかもしれないな」

 最後の手段として、雷元素の力を解き放とうとした瞬間——

「ちょっと待って! それは……!」

 ナヒーダの警告が遅れる。指先から発した雷の力が蔦に伝わると、予想外の反応が起きた。草元素と雷元素が反応し、「激化」の元素反応が発生したのだ。

「うわっ!」

 蔦が紫色に輝き、より活性化して俺の身体をさらに強く締め付ける。

「雷は逆効果だったわね。草元素との反応で、さらに強化されてしまったわ」

 ナヒーダは申し訳なさそうに首を傾げながら、それでも目の奥では確実に楽しんでいる様子が見て取れた。

「……解放してくれよ」

「うーん、せっかくスメールの英雄こと、降臨者を上手く捕まえられたのに、すぐ解放するなんて、なんだかもったいないわね」

 余裕たっぷりの彼女の態度に、俺は焦りを覚える。なんとか抜け出そうと身をよじるが、蔦は少しも緩む気配がない。

「この罠は、素晴らしい出来栄えでしょう?」

 そういい放った後、ナヒーダはスラサタンナ幻想曲を口ずさみながら、くるりと俺の周りを一周し、様々な角度から拘束状態を眺める。

「俺は標本じゃないんだぞ!」

 抗議の声も虚しく、彼女はにこやかに続ける。

「あら、標本として眺めているわけじゃないわ。ただ……」

 そう言いながら、俺の真正面に立ち、じっと見つめてくる。

「……なんだよ」

 思わず視線を逸らしてしまう。まともに見つめられると、なぜか恥ずかしさが込み上げてくる。

「どうして、そんなに目を逸らすの?」

「……っ!」

 言葉が詰まる。そりゃ、こんな状況で正面から見つめられるなんて、まともに耐えられるわけがない。

「もしかして、恥ずかしい?」

「ち、違う! 別に恥ずかしいわけじゃ……!」

 反射的に否定したが、我ながら声が裏返っている。しかも、顔が熱い。

「ふふっ、そう?」

 ナヒーダは、まるで全てを見透かしているかのように、意味ありげに微笑む。

(くそっ……完全に、どうしようもないじゃないか!)

 内心で悔しさを募らせながらも、この状況からの脱出法を考えるしかない。しかし、どんな方法も思い浮かばない。風も、岩も、雷も効かないなら、残された選択肢は……

「ねえ、旅人」

 ナヒーダの声が、思考を中断させる。

「せっかくだから、ちょっとした勝負をしましょう?」

「……勝負?」

「そう。とても簡単なルールよ」

 彼女は一歩、また一歩と近づいてきて、顔を見上げる。

「私の目を見つめていて。目をそらさなかったら、解放してあげる」

「え? 目を……?」

 驚きのあまり、一瞬だけナヒーダの目を直視してしまう。翠玉のような鮮やかな緑の瞳が、すぐそこにある。

「そう、目よ。何か問題でも?」

「いや、その……」

 困惑する俺の前で、ナヒーダはさらに一歩踏み込んできた。今やほとんど体が接触しそうなほどの距離だ。

「始めるわよ? いい?」

 返事を待たずに、ナヒーダの瞳が俺を捉える。その眼差しから逃げられないように、彼女は俺の顎を軽く持ち上げた。

(くそっ……逃げ道はないか……)

 覚悟を決め、俺も直接ナヒーダの目を見つめ返す。

 最初の数秒は、なんとか平静を保てた。しかし、時間が経つにつれ、彼女の姿がやけに鮮明に感じられてくる。丸い顔。白色と気緑がかった長い髪。小さな鼻。ほんのりと色づいたようにも見える頬。そして、わずかに微笑む唇。

(まずい……目から逸らしたら負けなのに、顔の他の部分が気になってきた)

 必死に意識を彼女の目だけに集中させようとするが、ナヒーダはさらに身を少しずつ乗り出してくる。

「ふふ、意外と健闘しているわね」

 彼女の声が、以前よりも柔らかく、甘く聞こえる。

 と、驚くべきことに、ナヒーダの表情が少しずつ変化していく。目元が優しく緩み、うっとりとした表情へと変わっていくのだ。

(え? ちょっと待って、これは……)

 彼女の顔がさらに近づく。今や鼻先が触れ合いそうなほどの距離だ。ナヒーダの瞳がゆっくりと細くなり、唇が微かに突き出される。

(まさか……キス!?)

 パニックが襲う。頭の中で警報が鳴り響く。このままでは、この距離では……!

「わわっ、俺の負けだ!!」

 思わず大声で叫んでしまった。目をきつく閉じ、顔をそむける。

 一瞬の静寂の後、ナヒーダのクスクスという笑い声が聞こえた。

「あら、残念。もう少しだったのに♪」

 俺はまだ目を閉じたまま、顔が熱くて仕方ない。

「ま、まあ、冗談はこれくらいにして、早く解放してくれよ……」

 恐る恐る目を開ける。ナヒーダはいつもの冷静な表情に戻り、ただ穏やかに笑っていた。

「せっかくだから、もう少しだけ、私の相手をしてほしいの」

 彼女の口調に甘さが混じる。断る隙を与えないまま、ナヒーダは俺の耳元に近づいた。

 温かい吐息が耳に触れ、全身に震えが走る。

「ねえ、旅人……テイワットの真実について、教えてあげましょうか?」

 囁かれた言葉に、心臓が跳ねる。

「テイワットの……真実?」

「ええ、それに……妹さんの手がかりも」

 その瞬間、俺の全神経が彼女の言葉に集中する。

「本当か!? 何を知っているんだ? 妹のこと、何か分かったのか?」

 焦りと期待で声が裏返る。しかし、ナヒーダはなぜか、少しずつ離れながら声を小さくしていく。

「彼女の居場所は……そして、彼らの目的は……」

 肝心な部分だけがなぜか聞き取れない。

「ちょっと待って、良く聞こえないんだ。近くに来てもう一度言ってくれないか?頼む!お願いだ!!」

 なりふり構わず懇願すると、ナヒーダは小さく肩をすくめながら近づいてきた。

「ごめんなさい、実はまだ何も確かな情報は持っていないの」

「え……?」

「ただ、あなたの反応が気になって……」

 俺の期待を打ち砕くその言葉に、胸の内で何かがしぼむ感覚がある。

「……そうか」

 無意識に両肩が落ちる。

「でも約束するわ。もし何か手がかりを得たら、必ずあなたに伝えるわ。私も協力したいから」

 その真摯な眼差しに、さっきまでの恥ずかしさや怒りがすっと消えていく。

「ありがとう、ナヒーダ。でも、この拘束を解いてくれた方が、もっとありがたいんだが。」

 緊張が解けた瞬間、彼女の小さな手が俺の拘束された腕に触れた。

「ねえ、旅人。手を貸してもらえる?」

「手? でも俺、拘束されてるんだけど……」

 彼女は笑いながら、俺の右手を包んでいた蔦を少し緩めた。手首までは自由になったが、それ以上は動かせない。

「これで十分よ」

 そう言うと、ナヒーダは俺の片手を両手で掴んだ。警戒して思わず拳を握りしめたが、彼女は根気強く指を一本ずつ開いていく。

「何をするつもりだ?」

「ふふ、分かるでしょう?」

 ナヒーダは俺の指を広げると、今度はナヒーダ自身の指を絡ませてきた。小さくて柔らかな指が、俺の指の間に入り込み、互いに絡み合う。

 それは…恋人たちがするような手の繋ぎ方だった。

(恋人繋ぎ!?)

 思わず息を呑む。直接触れ合う掌の感触、指と指の絡み合いが、異様に鮮明に感じられる。

「知ってる?こうやって繋ぐと、普通に手を繋ぐよりもほどけにくいのよ」

 ナヒーダは事務的な口調で説明するが、その瞳はどこか楽しげに輝いている。

「わ、わざわざそんなやり方しなくても……」

「覚えておいて。今後、手を繋ぐときはこうしましょう」

「な、何言ってるんだよ…こんな時に……」

 顔が熱くなるのを感じる。ナヒーダは意に介さず、繋いだ手を軽く揺らした。

「洞窟に入ったとき、あなた足を滑らせていたでしょう? リスク管理の観点からも、こうして手をしっかり繋いでおいた方が安全よ」

 そういえば、洞窟に入った直後、確かに足を滑らせたことがあった。でも、それを理由に……

「……それは、まあ……だけど……」

 反論の言葉が見つからない。

 静かな洞窟の中、ただ手を繋いだまま数秒が過ぎる。想像以上に居心地が悪くない。むしろ、ナヒーダの手の温もりが心地よく感じられた。

「そろそろ解放してくれないか?」

 俺の言葉に、ナヒーダは残念そうな表情を浮かべた。

「次は…」

 と、彼女は手をほどき、どこからともなく写真機を取り出した。冒険用の記録装置だ。

「……なあ、それ、何でそんなものを持ってるんだ?」

「任務用よ。もしも一部の死域が何らかの理由で駆除できなかった場合、写真に収めて後で作戦を立てるためにね」

 確かに合理的な理由だ。でも——

「じゃあ、もう目的は果たしただろ? なんでいま、それを取り出す必要がある?」

「決まっているじゃない」

 ナヒーダは、いたずらっぽく微笑んだ。

「せっかくだから、記念に一枚どうかしら?」

「……は?」

「旅人のこんな面白い姿、めったに見られないもの」

 にっこりと微笑むナヒーダ。俺の嫌な予感が、一気に確信へと変わる。

「や、やめろ! そんなもの撮るな!」

 必死に体をよじるが、当然ながらびくともしない。

「大丈夫、安心して。ちょっとだけだから♪」

「絶対ちょっとじゃ済まないやつだろ!!」

 俺の抵抗などどこ吹く風、ナヒーダは悠々と写真機を構える。

「ねえ、旅人」

「どうせ拒否権なんかないんだろ……」

 観念した俺に、ナヒーダは不意に提案を続けた。

「もし私が近くに寄って、二人で写るとしたら……例えば、こんな風に」

 彼女は俺の隣に立ち、顔を近づけた。

「……どうかしら?もう少し近いほうがいいかしら?」

 ナヒーダの顔がさらに接近する。頬と頬が触れ合うほどの距離まで。

「これくらいで……撮ったら、どうなるかしら?」

「な、なに言ってるんだよ!」

「例えば……二人が、こう」

 彼女は唇をすぼめて見せ、意味ありげな仕草をした。

「蔦が映らない角度で、あなたとキスしている写真なんて、スメールの皆が見たら、さぞ驚くでしょうね」

「おいおい、冗談だろ!?」

 スメールで会った仲間たち、コレイ、ティナリ、ドリー、セノ、キャンディス、ニィロウ、レイラ、ファルザン、アルハイゼン、ディシア、カーヴェ…

 スメールの友人たちにそんな写真が広まるなんて想像したくもない。特に、放浪者には、ゴミを見るような目で軽蔑されるだろう。

「ふふ、どうかしら? 『草神クラクサナリデビと旅人の秘密の関係』なんて噂が広まるわね」

「ナヒーダ!!」

 ほぼ悲鳴に近い声を上げた俺の反応に、ナヒーダはクスクスと笑った。

「冗談よ。そんなこと、しないわ」

 彼女は満足げに微笑み、写真機をしまった。どうやら本当に撮るつもりはなかったらしい。

 拘束されたままの俺は、手は動かないが、ほっと胸をなでおろす。しかし同時に、これからまだどんな「遊び」が待っているのか、恐ろしくなった。

「さあて、次は何をして遊ぼうかしら……♪」

 ナヒーダの目が不気味に輝き、俺は背中に冷たいものが走るのを感じた。草様による「試練」は、まだ始まったばかりだったのだ。

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