【原神】からかい上手のナヒーダさん #22 - 遺跡ドレイク・飛空【二次創作小説】

紫の靄の中から、巨大な影が浮かび上がってきた。その轟音と共に、床が震え、天井から小さな岩が降り注ぐ。死域の中心から現れたのは、これまで見たどの魔物とも異なる圧倒的な存在感を放つ敵だった。
「あれは……!」
ナヒーダの声が緊張に震える。
死域の霧が晴れるにつれ、その全容が明らかになる。遺跡系の機械生命体だが、これまでのものとは比較にならないほどの巨体。大きな機械翼を持ち、飛行能力を持った姿は、古代の飛竜——ドレイクを思わせる。
「遺跡ドレイク・飛空……!」
古代遺跡の守護者として精鋭の敵に位置し、特に飛空の名を持つこの個体は、飛行能力を持つことで知られている。
全長は優に10メートルを超え、頭部から尾まで機械的な仕組みで構築されている。その体は金属的な輝きを放ちながらも、死域の力で一部が紫に染まっている。大きな機械翼は折りたたまれた状態だが、広げれば相当な迫力になるだろう。
「気をつけて!あれは通常の遺跡機械よりも遥かに強力よ!」
ナヒーダの警告の直後、遺跡ドレイク・飛空が大きく身じろぎした。その動きは巨体とは思えないほど俊敏で、一瞬の間にその長い尾が周囲を薙ぎ払った。
「うわっ!」
咄嗟に身を低くする間もなく、尾の一撃が襲いかかる。尾は360度に旋回し、辺り一面を破壊していく。壁が砕け、床が割れ、周囲の残存していた魔物たちさえも吹き飛ばされる。
一撃の衝撃で、俺とナヒーダも吹き飛ばされた。
「くっ……!」
壁に激突し、痛みが背中を走る。視界が一瞬白くなり、息が詰まる感覚。何とか意識を保ちながら、体を起こす。
「ナヒーダ!?」
彼女の姿を探す。離れた場所に倒れている彼女を見つけ、急いで駆け寄る。幸い、大きな怪我はしていないようだった。
「大丈夫……」
ナヒーダは俺の手を借りて立ち上がる。その表情には痛みよりも緊張が浮かんでいた。
「あの魔物、まだ私たちを認識していないわ」
確かに、遺跡ドレイク・飛空は特に俺たちを狙っているようには見えない。死域から解放されたばかりで、無差別に破壊活動を行っているようだ。
その証拠に、ドレイクは機械翼を広げ、宙に浮き上がり始めた。床から浮上するにつれ、その威圧感は増す一方だ。完全に空中に浮かび上がった遺跡ドレイク・飛空は、大量のエネルギーを溜め始めた。
「来るわ!隠れて!」
ナヒーダの警告と同時に、俺は彼女の手を引いて近くの柱の陰に身を隠す。次の瞬間、ドレイクから放たれた黄色のエネルギー弾が360度に広がり、空間全体を襲った。
柱が砕け、壁に無数の穴が空く。酷い破壊力だ。一撃で終わらず、ドレイクは回転しながら連続でエネルギー弾を発射し続ける。次々と柱が崩れていき、隠れる場所が少なくなっていく。
「このままじゃ…!」
焦りの声を上げながら、別の隠れ場所を探す。しかし、次第に安全地帯が狭まってきており、時間の問題だ。
「弱点は頭部のようね」
ナヒーダが冷静に分析する。確かに、ドレイクの頭部には特殊な発光部分があり、そこがエネルギーの源になっているようだ。
「あの高さじゃ剣が届かない…!」
俺は剣を構えながらも、なすすべなく歯がみする。宙に浮かぶドレイクに、地上戦闘の俺は有効打を与えられない。それどころか、エネルギー弾から逃げ回るだけで精一杯だ。
「くそっ…!こんなところで立ち往生するなんて…!」
攻撃できないもどかしさに、拳を握りしめる。
ナヒーダは一瞬考え込んだ後、決意を固めたように顔を上げた。
「私が注意を引きつける。あの魔物はまだ私たちを明確なターゲットとして認識していないわ」
「どうやって?」
「草元素の攻撃で挑発するの。私の攻撃なら、あの高さにも届くわ」
彼女の提案には危険が伴う。敵の注意を引くということは、攻撃の標的になるということだ。
「危険すぎる!」
「大丈夫、信じて」
ナヒーダの瞳には強い決意が宿っていた。草神としての責任感と、この任務を完遂するという揺るぎない意志を感じる。
「……わかった」
信頼を込めて頷く。ナヒーダは小さく微笑むと、素早く動き始めた。
彼女は草元素のエネルギーを集め、遺跡ドレイク・飛空に向かって放った。ドレイクの頭部に命中する。
直接的なダメージは少ないが、ドレイクの注意を引くには十分だった。巨大な機械生命体はゆっくりと首を回し、ナヒーダの方を向いた。
「よし、認識した!」
ナヒーダは場所を移動しながら、次々と草元素攻撃を放つ。ドレイクは彼女を追いかけるように向きを変え、エネルギー弾を撃ち始める。今度は無差別ではなく、明確にナヒーダを狙っている。
彼女は素早く動き、攻撃を避けながらも、同時に反撃を続ける。まるで優雅な舞のように見える彼女の動きだが、一瞬の油断も許されない緊張感がある。
そして、ナヒーダの作戦の次の段階。彼女は意図的に狭い場所へと誘導するように動き、ドレイクを特定の位置に誘う。
遺跡ドレイク・飛空は怒りを増し、ナヒーダに近づくために高度を下げ始めた。その巨体が徐々に地上に近づいていく。
「あと少し…!」
ナヒーダの声を聞き、俺は次の行動に備える。彼女の計画が明確に見えてくる——ドレイクを地上に降ろし、俺が攻撃できる状態に持ち込むつもりだ。
遂に、怒り狂ったドレイクは完全に地上に着地した。一瞬の間、ナヒーダとドレイクが向かい合う。彼女は小さな身体で巨大な敵と対峙し、少しも恐れを見せない。
次の瞬間、彼女は俺がいる方向へと駆け出した。
「ここよ!」
ナヒーダは俺の背後に隠れるように立った。遺跡ドレイク・飛空は、ナヒーダを追って俺たちの方へ突進してくる。その巨体が床を震わせながら迫ってくる恐怖。だが同時に、これは絶好のチャンスでもある。
突進中のドレイクは、頭部を前に突き出している。弱点が露出した瞬間だ。
「今よ!」
ナヒーダの掛け声と共に、俺は剣に元素力を集中させ、渾身の一撃を放った。剣がドレイクの頭部を直撃し、機械生命体から火花と共に悲鳴のような音が上がる。
一撃で動きが止まり、ドレイクは麻痺状態に陥った。体中から電気のような放電が走り、一時的に行動不能になったようだ。
「やった…!」
一時的な勝利に安堵するが、麻痺効果は長くは続かない。ドレイクの体が既に小刻みに震え始めている。
「次はどうすれば…?」
俺が振り返ると、ナヒーダは両手を合わせ、指を絡ませるようにして祈りの姿勢を取っていた。その表情は穏やかながらも、強い集中力を感じさせる。
「ナヒーダ…?」
彼女の周りに、草元素のエネルギーが集まり始める。これは通常の元素スキル以上の力だ。草神としての本来の力を解放しようとしているようだ。
次の瞬間、眩い光が空間を満たした。周囲の景色が変容し、まるで別世界に迷い込んだような感覚に陥る。
夢想の殿堂——ナヒーダが顕現させた特殊な領域が、この空間に広がった。領域「摩耶の宮殿」。草神ナヒーダの元素爆発スキル「心景幻成」の最大出力だ。
緑の光に包まれた空間では、俺の体にもその力が流れ込み、これまでにない力を感じる。
「旅人、この領域内では私たちの元素熟知がさらに強化されるわ」
ナヒーダの声が、まるで心の中に直接響くように感じる。彼女の力が俺にも分け与えられ、全身に力が満ちていく。
遺跡ドレイク・飛空が麻痺から回復し、再び動き始めた。だが、夢想の殿堂の影響を受け、その動きは鈍くなっているように見える。
「今こそ決着をつける時!」
俺は剣に全ての力を込める。通常の元素共鳴に加え、夢想の殿堂の力が重なることで、剣は信じられないほどの輝きを放つ。まるで光の刃のようだ。
遺跡ドレイク・飛空に向かって跳躍し、その頭部めがけて渾身の一撃を放つ。
「はあああああっ!」
剣が命中した瞬間、強烈な衝撃波が広がった。ドレイクの頭部が粉砕され、その衝撃は体全体に伝わっていく。機械生命体の体から破裂音と共に光が漏れ、内部から崩壊していく。
巨大な爆発音と共に、遺跡ドレイク・飛空は消滅した。死域の力で強化されていた巨大魔物は、浄化の光に包まれながら粒子となって消えていった。
静寂が戻る。
俺は膝をつき、肩で息をする。相当な力を使ったようで、体に疲労感が広がる。しかし同時に、勝利の高揚感もある。
夢想の殿堂の光が徐々に薄れていき、元の洞窟の風景が戻ってくる。ナヒーダもまた、大きな力を使ったせいか、少し疲れた様子だ。
「終わったわ…」
彼女の声には安堵が混じっている。確かに、最後の死域の脅威は排除された。後は死域の腫瘍を破壊するだけだ。
俺は立ち上がり、ナヒーダの方へと歩み寄る。彼女もまた、俺の方へと近づいてくる。
「やったな…これで任務は…」
言いかけた言葉が途切れる。ナヒーダの表情に、先ほどまでの緊張感が消え、代わりに何か別の感情が浮かんでいた。
「1人では絶対に倒せなかったわ」
彼女は真摯な表情で言う。その言葉には、純粋な感謝と、何か別の含みが感じられる。
「うん…俺も一人じゃ無理だった」
素直に認める。あの強さの敵を相手に、一人で戦うのは不可能だっただろう。
「ね、旅人」
ナヒーダの声色が変わる。先ほどまでの真剣さから、少し甘い調子へ。その変化に、背筋に緊張が走る。
「私1人ではできなかったことも、2人なら実現できたわね」
彼女の瞳が、何かを含んだ輝きを放っている。
「あ、ああ…そうだな」
照れくささを感じながら答える。戦闘が終わり、命の危険が去った今、彼女の言葉の重みが違って感じられる。
「2人で力を合わせれば、何でもできるかもしれないわね…」
その言葉に、何故か胸が高鳴る。彼女の意図するところは何なのか。純粋に戦闘のことを言っているのか、それとも…
ナヒーダはくすくすと笑い、さらに続ける。
「さっきの元素共鳴、感じたでしょう?」
「え?ああ、すごい力だったな…」
「あれは特別だったわ。普通の共鳴よりずっと強かった」
彼女は少し顔を近づけながら言う。
「もっと深く、もっと強く繋がってみる?」
「~~~~っ!!?」
その言葉の意味するところに、一気に顔が熱くなる。心臓が元素爆発しそうなほど跳ね上がった。元素共鳴の「深い繋がり」というのは、どういう意味なのか。戦闘技術の話なのか、それとも…
「そ、そそそそ、そういうことは戦闘中だけで十分だ!!!」
顔を真っ赤にしながら、俺は必死に言い訳する。意味を取り違えているのではないかという疑念が頭をよぎるが、彼女の表情を見る限り、明らかにからかいを楽しんでいるようだ。
ナヒーダは、そんな俺の反応を楽しむように微笑んだ。
「ふふっ……そう? 残念ね」
その言葉の裏に、どこまで本気なのか分からないからかいの色が滲む。
(……くそっ、またしてもナヒーダのペースだ……!)
俺は必死に気持ちを落ち着けながら、彼女から視線を逸らした。こうして命がけの戦闘が終わった直後でさえ、彼女のからかいは止まらない。
「あとは腫瘍を浄化すれば、全ての死域が消えるわ」
ナヒーダは、からかいモードから再び真面目な表情に戻る。その切り替えの速さに、いつも驚かされる。
空間の中心に、まだ死域の腫瘍が残っている。紫色に脈打つそれは、ドレイクの強さの源だったのだろう。
最後の死域腫瘍——それを浄化すれば、全ての任務が完了する。だが今はまだ、この穏やかな時間を少し長く楽しみたかった。
俺たちの洞窟探索は、もうすぐ終わりを迎えようとしていた。