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第48話

「レイヴン、レイヴン」オリュクスは──この動物はまったく不思議なくらいに疲れるということを知らない生き物のように思えてならなかった。
 いや、そんなことはない。オリュクスだって疲れて眠りたい時は当然にある。
 ただ、今はそれを必要としていないというだけだ。そう、彼が今必要としているのは、思い切り体を伸ばし、動かし、エネルギーを大量に消費することなのだ。
 そしてレイヴンはレイヴンで、思考することでやはり多大な──なけなしの──エネルギーを消費しなければならなかった。
 つまり彼は、眠りたいという自分の欲求と、走り回りたいというオリュクスの欲求のどちらも満足させるための方法を、可及的速やかに考えなければならなかったのだ。
「よし」そしてレイヴンはその方法を思い付き、実行に移した。これは少々複雑ではある、だがそれを成し遂げた暁には──もしかすると本当に暁の時刻になるかも知れない──その時こそ、幸せな『休息タイム』が訪れるのだ!
 かくしてレイヴンは、殻による生体電気信号の受信幅をオリュクス個体の波長帯に搾り上げて追尾設定し、その信号が一定レベル以下に下がった場合直ちにレイヴン本体を覚醒させるようにした。
「レイヴン、レイヴン」オリュクスは、辛抱強くというよりもまったく不思議なくらいに疲れることなく望み続け、それをなだめるコスとキオスの方こそが『辛抱強く』頑張ってくれた。
「よし」レイヴンは最後に声を張り上げた。「全員に言うよ。お待たせ。そしてお疲れ様」
 次の瞬間、オリュクスは元の体を取り戻した状態で大地の上に飛び出した。
「うわあ──い!」彼は叫び、ぴょんぴょん飛び跳ねた。「レイヴン、ありがとう!」
「待たせたね、オリュクス」レイヴンはそして最後に触手で東の方向を指した。「ぼくたちが目指すのは、あっちの方だ。恐らくもうすぐ太陽が覗き出して来る、その方角に向かうといい」
「うん」オリュクスは素直にレイヴンの示す方向を見遣った。「わかった!」
「ぼくは今から仮眠を取るけど、何か起きたら──何かに襲われそうになるとか、万が一そんなことがあれば、すぐにぼくを呼んで欲しい。眠りを妨げることなど一切気にしなくていいからね」
「うん、わかった!」オリュクスは心から幸せそうに、大きく頷く。
「じゃあ、お休み──コスとキオスも、ありがとう──後は殻に任せて──」レイヴンが直接伝えられたのはそこまでだった。

 オリュクスは、何はさておき走った。疾走した。ほどなくそれは全力疾走となった。
 その足音に驚き、おののいて、数々の小動物や虫たちが自分から放射線を描くように散らばり逃げていくのが検知され、それもまた楽しく笑いを誘った。
「あはははは」オリュクスは笑いながら走った。
 走ることが気持ちよく、爽快で、まさに今彼は幸福のただ中にいた。

「おい」

 突然、左側から声を聞こえた。
 走りながら横を見ると、一頭の動物が自分と並び走っていた。自分より少し大きい。
「お前、誰だ」その動物は走りながら、低い声で訊ねてきた。「どこから来た」
 オリュクスは走りながら一瞬、レイヴンを呼ぶべきだろうか、と思った。
「どこへ行くんだ」その動物はオリュクスが答えてもいないのにまた訊ねてきた。
 レイヴンを呼ぶべきか──いや、呼ばない方がいいんじゃないか。
 オリュクスは走りながらすぐにそう思った。
 何故なら、その動物は──
「ていうかお前、速いな」その動物はオリュクスが答えてもいないのに、さらに話しかけてくる。
 オリュクスは、走りながらにやりと笑った。「ぼく、速いよ」
「ほう」その動物も、走りながらにやりと笑った。「言うな、お前」
「競争する?」オリュクスは走りながら提案した。
「ふふん」その動物も走りながら鼻を鳴らした。「いいだろう。どこまで行く」
「ぼく、この先に何があるかわからない」オリュクスは走りながら首を傾げた。
「そうか」その動物は走りながらオリュクスを見て、その後走りながら前方を見た。「じゃあ、この先に牛がたくさんつながれてる小屋がある。そこに先に辿り着いた方が勝ちでどうだ」
「牛?」オリュクスは走りながら、地球上で見たウシ科の動物の姿をうっすらと思い起こした。「うん、わかった」
「よし」その動物は叫ぶなり速度をぐんと速めた。
「負けるもんか」オリュクスもただちに加速し、たちまち追いつく。
 二頭は熾烈な競争を繰り広げ始めた。

「ああ、やっぱり」コスが溜息をつく。
「まあ、予想通りだよね」キオスが苦笑する。
 二頭は籠の中から、オリュクスの様子を見ていたのだ。
 レイヴンからは、殻の追尾機能に任せるので安心して休んでくれといわれたが、責任感というほどのものでもなく単に『それほど眠くないから』起きていたというだけだ。
 そして彼等も、オリュクスの傍にその動物が出現した時一瞬、レイヴンを呼ぶべきだろうか、と考えはした。
 だがオリュクス同様、すぐにそうしない方がいいのでは、と判断したのだった。
 何故なら、その動物はどこからどう見ても、イヌ科だったからだ。
「もしかしたら、こいつが」コスがそっと呟く。「ディンゴじゃないのかな」

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