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02nd.04『衛兵の詰所』






 巨女が指差した先に有るその建物⸺衛兵の詰所の前には、硬そうな服を着た二人の男が立っていた。

「やぁやぁアルトーくんにレフティくん!」

「おっ、リーフィアちゃんじゃないか。また誰か拾ってきたのか?」

「仕事でもないのに毎日御苦労だねぇ」

 巨女は二人の衛兵⸺向かって右側に立っている右衛兵と左側の左衛兵に気楽に話し掛け、二人もそれに軽く返した。

「まぁ、そんな所だ。コイツがまた妙でな、なんと喋れない」

「おぉ!」

「珍しい」

「その上記憶も無い」

「記憶喪失!?」

「とても珍しい」

「更にな、この脇に抱えているトイレがとても大事らしい」

「…………!?」

「とてもとてもとても珍しい」

 巨女は二人にトイレ男の現状を伝える。普通に驚いているのが右衛兵で、驚きの余り『珍しい』という事しか感じられなくなったのが左衛兵だ。

「文字は書けるみたいだから、紙とペンを渡してある。それで何とか意思疎通してくれ」

「あいよ。あー、どっちも詰所の備品として有るからこっちの使うよ。リーフィアちゃんは自分の持ち帰ってくれ。何気に紙もペンも高いだろ?」

「そうか? ならありがたく」

 ちゃんと会話を聴いていたトイレ男は紙とペンを巨女に返却した。巨女はそれを受け取ると服に蔵い、やや膝を曲げて視線の高さを合わせトイレ男の肩をポンポンと叩いた。

「よーし、これでもう大丈夫だぞ、えー、あー、君。後は衛兵のお兄さん達がどうにかして君を知っている人を捜してくれる筈だ。そうすれば君はもう独りじゃない。いやまぁ私が居るから今も独りじゃないんだが。衛兵のアルトーとレフティは悪い奴じゃない、寧ろ気さくで好い奴らだ。あのチンピラ共とは違うからな。警戒しなくていい。寧ろ警戒なんてしよう物なら何か後ろ暗い事が有ると疑われちゃうかもな?」

「そーだぞー。お兄さん達は基本優しいけど悪い奴らには容赦しないからなー」

「そうだ。俺だって昔家に立て篭った凶悪犯の人質にされた事が有るんだからな」

「……………………(頷く)」

 巨女からは何だか子供扱いされている気がし、左衛兵の言う事は的を外している様に感じるが、まぁ右衛兵は優しそうだし、トイレ男は一先ず頷いておいた。

「じゃぁな、私はこれで。頼んだぞ、アルトーくんとレフティくん」

「ういよー」

「お前もなー。正直、リーフィアちゃんがチンピラ威嚇してくれるだけでこちらとしては大助かりなんだわ」

 巨女は二人に微笑み、最後にトイレ男にも視線を投げてから雑踏に消えていった。

「……さて、と」

「取り敢えず、中入ろっか」

「……………………(頷く)」

 トイレ男は右衛兵に連れられて建物内部に入る。左衛兵は見張りをしなければならないのかその場に留まった。

「はいこれ、紙とペン」

「……………………」

【ありがとうございます】

「ははっ、律儀だねぇ」

 「紙の無駄だよ?」と右衛兵。トイレ男は慌てて『済みません』と書こうとして、それも紙の無駄になるのだろうかと手を止めた。

「宜しい。基本的に挨拶とか礼は書かなくていいから」

「……………………(頷く)」

「じゃぁ、これからの事だけど⸺」

 右衛兵は中の受付に居た別の衛兵に軽く手を挙げ、カウンターに入り奥に有る階段を上ってゆく。トイレ男がそれに続く。

「先ず、君は喋れない。これを利用しよう。喋れない人間となると、少なくともこの街の中ではそんなに数は居ない筈。だから『知り合いに喋れない人が居る人』を集めるだけでも君の知り合いが見付かる確率はほぼほぼ一〇〇パーセントになるんじゃない?」

「……………………(成程と頷く)」

「だから人を使って街中で君を知っている人を集めよう。そしたら君を保護してくれる人も居る筈だから」

 方針は決まった。

 右衛兵は二階でカードゲームをしながら待機していた衛兵仲間に声を掛け、手持ち無沙汰だった彼ら(但し、面倒な書類仕事を後回しにしているものとする)は瞬く間に街中に散った。

「君はこの部屋で待っててくれるだけでいいから。多分この時間だと日が沈む頃に見付かるんじゃないかな。若しかしたら明日になるかも。その場合はソファで寝てもらう事になるんだけど……」

「……………………(頷く)」

「ソファは結構硬いんだけど、本当に?」

「…………?」

 『ホントに大丈夫かコイツ』みたいな感じで念押ししてくる右衛兵を疑問に思い、トイレ男はソファの所まで歩いて手を押し当ててみた。

 成程、確かに硬い。トイレとは比べるまでもないが、ソファとしては結構硬い部類に入りそうなソファだ。

 だが、トイレ男は寝れると判断した。

「……………………(可能、と頷く)」

「…………、そう」

 トイレ男は『硬いソファの上で寝ると体が痛くなる』という事を憶えていない(しらない)という事を知らない右衛兵はまぁ本人が言うなら大丈夫だろうという事にした。彼はこのソファで寝た経験が有るが、その時は骨が曲がってしまったのではと錯覚してしまう程に腰を痛めた。

 右衛兵はトイレ男にその侭ソファに座る様ジェスチャーで指示し、その意を汲んだトイレ男が座るのを尻目に棚の中からコップを出す。それを机に置くと「ちょっと待ってて」と退室した。

「……………………」

 一人残されたトイレ男は改めて部屋を見回す。

 簡素な部屋だった。中央に机が有り、それに接する形で一人用のソファが三つ有る。その内一つがトイレ男が座っているソファだ。その他には天井からぶら下がるランプと壁に寄り添う棚類ぐらいの物で、部屋を飾る様な物は一つも置かれていなかった。

「……………………」

 棚の中身が気になったが、流石に覗くのはマズいと踏み留まる。そこに右衛兵が戻ってきた。

「水要るよね? 喉渇いたでしょ」

「……………………(頷く)」

 右衛兵は右手にポットを持ち、左手に本を抱えていた。右手でコップに水を注ぎ、ポットを下敷きも無しに机にダイレクトに置く。そして彼はトイレ男の正面のソファにどっかりと腰を落とした。

 促されたのでトイレ男はコップを手に取り、口に運んだ。特に美味しくも不味くもない、温い水だった。

「じゃ、人が見付かるまでの暇潰しとして本を読もうか」

「……………………(頷く)」

「おっと、でも只の読書じゃないよ?」

「?」

 首を傾げたトイレ男に右衛兵は抱えていた本の表紙を見せる。

「これなーんだ」

「……? ……………………(首を横に振る)」

「そうかそうか判らないか。まぁお貴族様が使う難しい文字で書かれてるからねぇ」

 右衛兵は本をトイレ男に向ける形で机に起き、広げた。

「表紙は読めないだろうが、中身は読めると思う。改めて、これなーんだ?」

「……………………、!」

【教科書、ですか?】

「そうそう! 当ったりー!」

 イェーイ! とハイタッチを求めてきた右衛兵に同調してトイレ男は彼とハイタッチした。トイレを脇に挟んだ侭だとできなかったので、トイレは膝の上に移動させた。

「下級の学術館、それこそ幼い子供が通う様なトコで使われる教科書だね。因みにタイトルは『世界一〇〇科』。中身は、まぁ延々とそんな事が書かれてる」

 トイレ男は『物を買う時にはお金が必要です』という記述を見ながら、学問に関わる本ではなく生活に必要なアレコレが記載された本である様だと察した。ページを捲ってみると『野菜はどこから来るのか?』『肉は我々と同じ様に動いていた』『貴族は友達ではない』とトイレ男が知っている事と知らない事が混ざって出てくる。

「まぁ、折角の時間を無駄にせずに有意義に過ごそうって事さ。君の中にどの程度常識が残っているのかは知らないけど、幾分か抜け落ちているならその補完は必要だろう? 僭越ながらこの僕がその第一歩を手伝わせていただこう」

「……………………(深く頭を下げる)」

「おっ、紙に書かなくなった辺り成長した? じゃあ始めよっか」

 右衛兵はページを捲り、一番初めのページを開いた。

「先ずこの部分は『目次』と言って⸺」

「……………………(ふむふむと頷く)」

 トイレ男は貪欲に知識の吸収に励んだ。

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