最終日⑨ 雨降って地固まる
突然現れたのは、タロと同じ、ちんちくりんのデフォルメ二頭身少年。
目つきの悪い金髪リーゼントの少年なのだが……。
あれ、この少年、どこかで会わなかったっけ?
「プリンス!? プリンスではないか! なんと! ボクを心配して迎えに来てくれたのだな!」
(ぷりんす……? あ!)
彼の名を呼ぶ、タロの声にハッと思い出す。
一週間前、太郎にカツアゲして来た葵東高校のリーゼント。
あの時タロは、そのリーゼントをプリンスと呼び、親しげに抱き着いていたハズだ。
そして今目の前にいるリーゼントも、あの時カツアゲして来たリーゼントにどことなく似ている気もするし……。
おそらくあの葵東の不良リーゼントが、パラレルワールドではこの小さなリーゼントになるのだろう。
(まさかタロの世界じゃ、友達同士だったなんて……)
こっちの世界では、カツアゲする側とされる側の関係なのに。
喜んでプリンスに駆け寄って行くタロを眺めながら、「世界によって人間関係って大分違うんだな」と太郎は苦笑を浮かべた。
「心配して、じゃねぇよ。あのな、何度言えば分かンだよ? 杖で人をぶん殴るなって、いつも言ってンだろうがよ!」
「む。ボクとていつもぶん殴っているわけではない。忘却魔法を使う時だけ、ぶん殴っているのだ!」
「だからな、そっからがもう違うんだって。いいか、殴っただけでその人物の記憶から、一部の記憶だけがなくなるって事はねェんだよ」
「大丈夫だ! 呪文もちゃんと唱えたからな!」
「だから、その呪文からして間違っているんだよ……」
どうやら彼も、タロの性格には手を焼いているらしい。
プリンスは一度大きな溜め息を吐くと、ポカンとしている太郎達へと向き直った。
「自己紹介が遅れてしまい、申し訳ございません。僕はプリンス・リュートウと申します。この度はうちのタロが大変お世話になりました。そして最後までご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございません。お詫びと言っては何ですが、この男の記憶は僕が責任を持って抹消します。だからどうぞ、ご安心下さい」
「え? あ、ありがとうございます……」
こっちの世界では、他人に金を寄越せと脅して回っている少年が、まさかもう一つの世界では、こんなにも礼儀正しい少年だなんて。
世界ってちょっと違うだけで、こんなにも違うモノなんだな、と太郎はまた一つ利口になった。
「では、少し離れていて下さい」
俯せに倒れている清野に歩み寄ると、プリンスは杖を取り出した。
タロが『本当の杖』と言っていた杖とよく似ている、本格的なヤツだ。
「汝、中に眠りし忌まわしき記憶よ、導きによりて忘却の彼方へ逝け……消去せよ、メモリー・デリート!」
しかも呪文が『ペケポン』じゃないし!
呪文の後、ビクンと清野の体が動き、何かが出て行ったのを確認すると、プリンスは改めて太郎達に向き直った。
「これで大丈夫です。ヒナコさんのスマホを盗ってから、これまでの記憶を消去しました。彼はスマホを盗った事も、あなた方を追い回した事も覚えていません。安心して下さい」
「あ、えと……何から何までありがとうございます」
「タロちゃんとは随分違う魔法なのね。魔法にも、色んな種類があるのかしら?」
「いえ、僕のやり方が一般的です。タロの魔法は、自分で作ったヤツです」
やっぱりか! やっぱりタロの方がおかしいのか!
「どんなに注意しても習った魔法を使わず、創作した魔法ばかりを使うから、進級試験で合格点が取れず、こうして追試試験を受けるハメになったんです。でも、合格出来て良かった。これも皆さんのおかげです。特にタローさん。あなたには特に感謝しています。本当にありがとう」
「あ、いえ、そんな……っ!」
そう畏まって礼を言われると、何だか逆にこちらが照れてしまう。
ペコリと頭を下げるプリンスに、「とんでもない」と首を横に振ると、太郎は顔を赤く染めながら、照れたようにして頭を掻いた。
「こ、こちらこそ、タロには色々とお世話になっちゃって……」
「そうだ、そうだ! ボクが色々とタローのお世話を焼いてやったのだぞ!」
タロが何かふざけた事を叫んでいる気がするが、ここは敢えて無視しようと思う。
「でもキミ達の学校って、結構無茶な課題を出すんだね。追試なんだから、もっとレベルは低くて良かったんじゃないの?」
他人の恋愛模様なんて、人間関係の中でも一番デリケートな部分じゃないか。
それを引っかき回しに来るなんて、
なんて迷惑且つ難題な課題なんだろうか。
しかしその太郎の指摘に、プリンスは「そうじゃない」と、首を横に振って否定した。
「いえ、実はこの課題、そう難しいモノではなかったんです」
「え?」
それは、どう言う……?
「あなた方が両想いである事は、学校の方では既に分かっていた事だったんです」
「えっ、分かっていた!?」
「だから、あなたがヒナコさんにその想いを伝えれば、ほぼ百パーセントの確立で成功する事は確定されていました。後は、タロがどうやってあなたに勇気を持たせるか、どのようにしてあなたの心を開かせるかに掛かっていました。つまりこのテストの目的は、『タローとヒナコを恋仲にする』ではなくて、『タロがタローに勇気を与える事』だったんです」
「えっ、そうだったの?」
「なんと!? そうだったのか!」
どうやらタロも、この追試の本当の目的は知らなかったらしい。
驚いた表情を浮かべる太郎とともに驚くと、タロは怒ったようにして頬を膨らませた。
「何だ、何だ! それならそうと最初に言ってくれれば良かったではないか!」
「それ言ったら、追試になンねェだろうが」
オレも学校側に口止めされていたんだよ、とプリンスが付け加えれば、タロは拗ねたようにして口を尖らせた。
「ボクはプリンスのために頑張ったのだぞ! 一緒に三年生になりたかったからな!」
……うん?
「へぇ? それにしては、試験中止を申請しに来たじゃねェか」
「う……そ、それは、隊長にアドバイスを貰ったからだ! ずーっと一緒の同学年カップルも良いが、『プリンス先輩(ハート)』呼びの出来る先輩後輩カップルも良いんじゃないか、とな!」
カップル?
え、誰が?
「なるほど、つまりお前は、先輩呼びさえ出来れば、ずーっと一緒にいなくても良いわけだ」
「ち……違う! 違うぞ! それは断じて違うぞ! だってこの一週間だって、ボクはプリンスに会えなくて、すこぶる寂しかったのだからな!」
「それにしては、一週間楽しそうだったよな」
「そ、それについては否定出来ぬが……。でもでもでもでもっ、やっぱりボクは、プリンスの隣が一番良いのだーっ!」
うわーん、と泣きながら、タロがプリンスに縋り付く。
その時、
「あ、あのー……」
二人の会話から垣間見えるその関係性に、太郎は恐る恐る口を開いた。
「ちょっと聞きたい事があるんだけど……」
「む? 何だ、タロー?」
「お二人は、どんな関係?」
一緒に三年生になりたいとか、カップルとか、会えなくて寂しかったとか……。
二人は友達同士だと思っていたが、今の二人の会話上、どうやらそうではないらしい。
これでは友達ではなくて、まるで……、
「ああ、プリンスはボクの彼氏だ」
……は?
「友達、ではなくて?」
「ああ、彼氏だ。ボク達は正式にお付き合いしている、恋人同士だ」
はっきりと、タロはそう言い切った。
「恋仲、と言う事?」
「いかにも」
念のためもう一度聞いてみたが、やっぱり同じ答えが返って来た。
「あ……そうなんだ……」
どうしてだろう。
何か頭を鈍器で殴られたような、激しいショックに襲われたのは。
「む」
しかし、そんな太郎の冷めた反応を不快に思ったのだろう。
タロはムッと怒ったようにして、太郎を睨み付けた。
「何だ、タロー、その反応は! ボクがプリンスを好いている事に、何か文句でもおありなのか!?」
「あ、い、いや、ごめん、違うんだ!」
そんなタロの怒鳴り声にハッと我に返ると、今のは自分が悪かったと、太郎は慌てて首を左右に振った。
「ごめん! そう言うつもりで言ったんじゃないんだ! ただ僕の周りは異性の子が好きな人ばかりだから、ちょっと驚いただけなんだよ!」
ごめん、ともう一度謝ってから、太郎は勢いよく頭を下げる。
しかしそんな太郎の弁解に、タロは今度は不思議そうに首を傾げた。
「異性? ボクも異性が好きだぞ?」
「え……?」
そっと頭を上げた太郎と、タロの視線が混ざり合う。
え、どういう事?
「あ、もしかして、プリンスさんは女性ですか?」
「は? プリンスはどこからどう見ても、バリイケメン男子ではないか」
「……?」
「……?」
いや、待て。ちょっと待て。
何か色々間違っている気がする。
何かもう最初から。
本当に根本的なところから。
「あ、あの、タロ? 今更で悪いんだけど、一つ聞いても良い?」
「む? キミは一つが多いな。まあ、良い。何だ?」
「キミってその……女の子?」
「いかにも女の子だが?」
「………………」
一瞬、彼の中で時が止まった。
「うえええええええええええッッ!!?」
しかしすぐに我に返ると、太郎は今まで出した事のないくらいの大きな声で、驚愕の叫び声を上げた。
「う、うそーっ!? タロが女子ッ!? う、嘘だッ! 絶対に嘘だッ! 僕は信じないッ!!」
「な……っ、なななななんと失礼なッ!? と言うか、まさかキミ、今の今まで、このボクの事を男だと思っていたのか!?」
「思っていたよ! って言うか、普通思うよ! パラレルワールドの僕だって言われれば、普通男だって思うよ!」
「なんと!? こんなに可愛いのに! どこからどう見ても、空前絶後の超絶プリティキュート女子ではないか! それなのに男だと思っていたとは……何ッて失礼なヤツなのだ、キミは!」
「じゃあ、せめて最初に言ってよ! 「パラレルワールドのキミだけど、性別は女です」って!」
「はああああ? そんな事せんでも見りゃ分かるだろう! と言うか、自己紹介ならキミが途中で遮ったではないか! だからボクは悪くない! 全てキミの責任だ!」
「そんなのキミが余計な事を言い出したから悪いんじゃないか! 座右の銘とかどうでも良いわ!」
「何をう!? それではボクが悪いみたいではないか!」
「現にキミが悪いんだよ!」
「いーや、気付かなかったキミが悪い!」
「気付かないよ、普通!」
「でも、隊長は気付いていたぞ! なあ、隊長!?」
「モチロンダヨ」
「ほらあ!」
「いや、嘘だよ! 絶対に嘘だよ! カタカナ表記だったじゃないか!」
ぎゃあぎゃあと言い争う太郎とタロの口喧嘩。
放っておけばいつまでも続きそうなそれに終止符を打ったのは、プリンスであった。
「きちんと説明をしなかったタロが悪ぃンだろ。タローさんは男なんだ。「パラレルワールドのキミだ」なんて説明をすれば、お前がどんなに可愛くても男だと思うのは、仕方がない事だろ」
「え、可愛い? む、そうか。まあ、プリンスがそう言うのであれば、致し方がないな」
「……」
何か嬉しそうに微笑むタロに、些か納得がいかないが。
でも、まあ、良しとしよう。
「タローさん。実はオレ達の世界では、こちらの世界の人とは性別が異なる人も多々いるんです。例えばそちらのイツキさんは、こちらの世界では女性ですが、オレ達の世界では男性です」
「え、私が?」
「へぇ、そうなんだ」
「うむ。隊長は男だ。……性格は悪いがな」
「申し訳ないですが、性格はクソ野郎です」
「え……私が?」
「へぇ、そうなんだ……」
それでか。
それでタロがパラレルワールドの『イツキ』について触れられた時、何も答えようとしなかったのか。
「さて、それじゃあ、タロ」
一通り、話を纏めたところで。
プリンスはタロに向き直ると、当然のようにして彼……否、彼女を促した。
「そろそろ帰ろうぜ」
「うむ、そうだな」
「え……?」
そして当然のように返したタロのその返事。
そんな彼女の返事に、太郎は思わず声を上げた。
「え、帰るって、パラレルワールドに?」
「……。うむ。今度は本当にお別れだ、タロー」
お別れ。
その言葉に、太郎はギュッと胸を締め付けられるような、切なさを覚えた。
「ま、待ってよ、タロ! だって、今日は一緒にいられるって……夕ご飯も食べて行くって、そう言っていたじゃないか!」
そうだ、さっき彼女はそう言ってくれた。
今日一日はこっちにいられると。
夕ご飯も食べてから帰ると。
なのに、
それなのにもう帰るだなんて!
「すまない、タロー……」
しかし、必死に引き止めようとする太郎に、タロは申し訳なさそうに俯いてしまった。
「ボクがこっちにいられる期間は、正式には今日一日ではない。正式には、ボクの試験が終了するまでなのだ」
「え……?」
ドクン、と。
太郎はその言葉に、心臓が波打つのを覚えた。
「キミにサインしてもらった、あの書類。あれは、合格証明書であると同時に、試験終了証明書なのだ」
「え、じゃあ……それじゃあ……」
「キミとヒナコがあれにサインしてくれた時に、ボクはもう帰らなくてはならなくなったのだ」
「な……っ、何で? それじゃあ僕は、自分の手で、キミとの別れの時間を早めてしまったの!?」
もう少しだけ一緒にいられると思っていた。
十二時の鐘が鳴るまで一緒にいて、笑って、怒って、遊んで、話して……今日の夕ご飯は彼女と何を食べようって、考えていたのに。
なのに、
それなのに、
何で?
「何でだよ!」
ガッと、太郎はタロの両肩を掴んだ。
それでも顔を上げない彼女に向けるのは、悲しみと怒り、そして後悔の念がグチャグチャに混じり合った、悲痛の怒鳴り声。
「キミは知っていたんだろう? 僕達がアレにサインすれば、帰らなくちゃいけなくなるって! なのに、どうして僕にサインなんかさせたんだよ! そんなの後でも良かったじゃないか! 今夜遅く、日にちが変わるその直前でも! タイムリミットギリギリでも良かったじゃないか!」
ああ、どうしてなんだろう。
こんなにも涙が止まらないのは、どうしてなのだろうか。
ポロポロと止まらぬ涙を零しながら、彼の心は叫んでいた。
苦しい、
悲しい、
悲しい、
辛い、
帰らないで、と……。
「別れるのはボクとて辛い。けれど、悲しんでいる暇はない。キミはようやくスタート地点に立てたのだからな」
「え……?」
ポツリと呟かれたタロの言葉。
しかし意味の分からないその言葉に、太郎が首を傾げれば、タロはようやく顔を上げ、ニヤリと悪戯な笑みを浮かべた。
「ようやくヒナコと恋仲になる事が出来たのだろう? だったらこの先は、彼女に愛想を尽かされぬよう努めるべきではないのか? ほら、良いのか、タロー。愛しいヒナコの前で、プリティキュートなこのボクを口説くなど。これではフラれてしまっても、文句は言えんのだぞ?」
「……」
タロの言葉に、後ろを振り返る。
そこにあったのは、不安そうに自分を見守ってくれている、愛しい彼女のその姿。
(でも……)
キュッと、太郎は唇を噛み締める。
そんな太郎の仕草に気付いているのかいないのか、タロは更に言葉を続けた。
「サインの件であるが、いくらボクとて気は遣うさ。せっかくあんなに可愛い彼女が出来たのだ。それなのにこんなに可愛いボクがいつまでもキミの傍にいたら、どう考えてもお邪魔虫ではないか。お邪魔虫は早々に退散すべきなのだ。そうだろう?」
ボクってなんて気が利くのだろう、と偉そうに踏ん反り返るタロに、太郎は更に強く唇を噛み締めた。
「お邪魔虫は気を遣って帰ってやる。だからキミはこの後、存分にイチャイチャイチャイチャ、イチャつきまくるが……」
「そうだよ!」
「!?」
しかしその瞬間、タロの言葉を遮るようにして、太郎の大声が上がった。
他の面々も静かに二人を見守る中、太郎は驚いたようにして目を見開くタロの肩を掴んだまま、涙目で睨み付けた。
「確かに妃奈子ちゃんは、ボクにとって大切な女の子だよ! 大好きだよ! もちろん誰よりも大好きだ! でも、キミだって大好きなんだよ! そりゃ、一番でも二番でもないけど! でも、好きなんだ! タロは僕にとって、もう大切な友達なんだよ!」
「タ、タロー……っ」
「大切な彼女がいたって、関係ない。大切な友達と別れるのは辛い、悲しいよ……」
「……」
ポツリと。
そう付け加えると、太郎は顔を地面に向けた。
雨はとっくに止んだハズなのに、ポタリ、ポタリと、地面に雫が落ちた。
「そうか……」
自分の肩を掴む、太郎の手が小さく震える。
未だに止む事のない雨を降らせる彼に、彼女は一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべた。
「ありがとう、タロー。キミにそう言ってもらえる事、心から嬉しい」
しかし次の瞬間には口角を上げて笑っていた彼女は、肩を掴む太郎の右手に、そっと自分の左手を乗せた。
「ボクだってキミと同じだ。キミは……ボクにとって、かけがえのない、大切なお友達だ!」
「!」
その言葉に、ハッとして太郎は顔を上げた。
その時彼の視界に入ったのは、明るい太陽。
自分を導いてくれる、明るい光を放つ太陽のような、魔法少女の笑顔。
「友との別れは辛い。しかし、別れは友情の終わりではない。ボク達が互いに想い合っていれば、それは永遠に続く友情なのだからな! ボクは生涯忘れない、キミと言う友人がいる事を。例えキミがボクの事を忘れたとしても、ボクはずっと忘れない。世界は違えども、ボク達はずっと友達だ!」
ずっとこのままでいたい。
確かにそれは、片想いには無理な話。
けれども双方が望むのであれば、それは可能となる。
友との永遠の友情を、互いに望めば良い。
例え誰かに邪魔されようとも。
自分達以外の全てが忘れようとも。
たった二人だけが覚えていれば良い。
互いに望み合えば、その絆が消滅する事はない。
それは永遠に続く、不滅の友情……。
「あはっ、面白い事を言うね、タロは」
相手が笑ってくれているのに、自分が泣いているわけにはいかない。
友との別れに自分だけが泣いているなんて、そんなの、何か負けた気がして悔しいじゃないか!
「キミみたいな濃い友人、忘れる方が無理だよ」
「む、濃いとは何だ? 何か知らぬが失礼だな!」
「僕よりも、キミの方が忘れちゃいそうだなって事だよ」
「な、なんと!? 失礼だな、キミは! ボクが忘れるわけがないではないか!」
「どうかな? キミって性格捻くれているし?」
「むむっ、そんな事はない! しかし、そこまで言うのであれば勝負だ! どちらが長く、相手の事を覚えていられるかをな!」
「いいよ。絶対に僕が勝つから!」
きっと、彼女とこうやって言い争えるのも、これで最後。
そう思えばやっぱり悲しくて、泣きたくなってしまう。
けれども泣くわけにはいかない。
だって、タロが笑ってくれているのだから。
ならば自分だって笑っていなくては、相手に対して失礼じゃないか!
「ならば涙を拭いて、笑って見送ってくれ。ボクは湿っぽいのは苦手なのだ」
「もちろん!」
太郎はグッと涙を拭うと、笑顔を見せた。
きっともう、これで本当に最後。
ならば送ろう、彼女に、感謝の意を!
「タロ、キミには本当に沢山のモノを貰ったよね。本当にありがとう。僕、キミから貰ったモノ、大切にするよ!」
前に進む力を貰った。
やれば出来ると自信を貰った。
妃奈子に告白する勇気を貰った。
そして何よりも、かけがえのない友情を貰った……。
「そうだな……。キミは少しだけ強くなれた。だからもう大丈夫だ。強くなったキミは、これからどんどん前に進めるだろう。もちろん、そこには失敗だってある。だが……」
「挫けないよ。大丈夫。今日みたいに上手く行く時だってあるんだから。だから僕は勇気を出して前に進むよ。自信を持ってね!」
「ふふん、分かっているじゃないか」
その頼もしい言葉に満足したのだろう。
満足そうに笑うタロに、太郎もまたニコリと微笑んだ。
「じゃあな、タロー。キミの傍に、ボクはもういない。けれど、キミの側にはヒナコがいる。ヒナコを守ってやれるのは、キミだけなのだ。だからちゃんと守ってやるんだぞ。キミの側にいてくれる、彼女の事を!」
「分かっているよ!」
ニッと、互いに笑い合う。
ここまで来るのに、色んな事があった。
泣いて、
怒って、
喧嘩して、
別れて、
仲直りをして。
しかし、終わり良ければ総て良し。
最後は笑おう。
笑顔で終わろう!
「お別れだ、タロー」
「お別れだね、タロ」
それだけを告げ合うと、タロはプリンスの下へと戻る。
そして今まで黙って見守ってくれていた三人を、グルリと見回した。
「隊長、色々とありがとう! ヒナコ、タローの事をよろしく頼む! それからツチダ、敵視してごめーん!」
笑顔で手を振る樹。
不思議そうな顔をするも、取り敢えず笑って頷いてくれる妃奈子。
何が何だか分からずに、ポカーンとしている土田。
そして、
「タロー!」
プリンスの腕に自分の腕を絡ませながら、タロはニッコリと明るい笑顔を太郎へと向けた。
「楽しい思い出と、素晴らしい友情をありがとう! 感謝する!」
それだけを言い残して、ニッコリと微笑みながら。
タロとプリンスは、空に吸い込まれるようにして消えて行った。
「タロ……」
今まで彼女がいたその場所を、暖かい風が吹き抜けて行った。
□
「まったく……いつまでピーピー泣いてンだよ?」
「う、うるさい! 泣いてなどいない! これは、心の汗だ!」
「まあ、良いさ。よくあそこで泣かなかったな。それだけは誉めてやるよ」
「当然だ! あんなところで泣けるか! 泣いてしまえば、タローとの別れが余計に辛くなるし、別れたくなくなってしまうではないか! だいたい、最後くらい笑って別れたいではないか! ボクは、湿っぽいのは……」
「そうだな。だからもう泣いて良いんだぜ。思いっ切りな」
「う……。う……、う、うわーんッ、プリンスー!」
□
「行っちゃったね」
未だにタロのいた場所を見つめている太郎に歩み寄りながら、妃奈子は静かに声を掛けた。
「うん。本当、やって来るのも突然だし、いなくなるのも突然なんだから」
思い起こせば一週間前、彼女は突然やって来た。
不良達を撃退してくれた彼女は、勝手に家に上がり込んで、勝手に居候を決め、その上傍迷惑な追試まで持ち込んでくれた。
当然最初は迷惑だと思ったし、冗談じゃないと思った。
けど、嫌だったのはその追試内容だけで、彼女の事は嫌いじゃなかった。
あんなに喧しくて、使う魔法はロクでもないモノばかりだったが、それでも一緒にいて楽しかった。
「ねぇ、太郎君。あの子は、一体何者なの?」
「話せば長くなるんだけど……」
別れがこんなに突然で、こんなに辛くなるなんて予想にもしなかったけれど。
けど、予想不可能な行動ばかりするのがタロなのだ。
だからこの別れ、彼女らしいと言えば、彼女らしい。
「彼女は追試を受けにやって来た、パラレルワールドの魔法使いだよ」
傍迷惑な追試を持って来て、大切なモノを残して帰って行った、パラレルワールドの魔法使い。
彼女が吸い込まれるようにして消えて行った空を見上げ、彼は優しく微笑んだ。
(ありがとう、タロ)
見上げた青空。
大きく架ける七色の橋。
雨はもう、降らない。
――
最後までお読みくださり、ありがとうございました!