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第26話 それは飼育に近い環境

「斬るべきうなり声の主か……やっぱり怪獣を飼っているのか?」 

 笑いながらそう言ってかなめは茜の前に出て歩き始めた。かなめはそのまま楽しむような視線であたりを見回す。茜はわざとランやラーナを壁にして誠達の足を止めた。

「誠ちゃんも気になるの?これから誠ちゃんが斬るうなり声の主の事。じゃあ確認しに行きましょう」 

 そのままいかにも楽しそうなアメリアが一人歩き出した。それにあわせてカウラも誠の肩を叩いた。

「これも任務だ。別に動物園に来たわけじゃ無い」 

 カウラの声で気を取り直した誠は刀を袋から取り出して鞘を握った。振り返るとサラと島田が不安そうに誠達を見つめていた。

 強化ガラス越しに何かが見えた。誠は汚れたガラスの中に目を凝らした。

「大丈夫よ。ここの技術者の方々も見てる代物よ。噛み付いて来たりはしないわよ。『彼』にはもう敵意と言うものは無いのですわ。御覧なさい、今の『彼』。救ってあげたくなるでしょ?」 

 そう言って進んでいた茜が立ち止まった。カウラは警戒したように歩みを止めた。そこに再び獣の雄たけびのようなものが響いた。

 誠はその獣のような雄たけびに悲しみのようなものを感じて自然と涙がわいてくるのを感じていた。

「悪趣味ね。どうしたら人間こんなことが出来るのかしら?」 

 アメリアはそう言い切ると誠を見つめて笑った。その笑いは乾燥していて、自らも科学が生み出した悪魔の人造兵器であるラスト・バタリオンとしての宿命を背負っていることを示していた。

「でも……これは……悪趣味ですか……それで済む代物なんですか?こんなこと人がやることなんですか?」 

 誠はアメリアの影に入り込みながら強化ガラスの中にある黒い塊に目をやった。

 誠は最初はそこに何があるのか分からなかった。正確に言えばそれは誠の思いつく生物のどれとも違う形をしていて種類や名前という定義づけが難しいからだろう。それはあえて言えばウニかナマコと考えれば分かりやすいが、ウニやナマコが吼えるわけも無かった。

 丸い、巨大な塊、肌色のその物体から何かが五、六本突き出すように生えている。その生えているものが人間の手や足と似ていることに気づくまで数分かかった。そしてその丸い脂肪の塊は細かく震えながら床をうごめいていた。その表面に見えるのは目のようなもの、口のようなもの、耳のようなもの。そしてところどころから黒い長い毛が伸びているのが分かった。

「茜さん……クバルカ中佐……これが見せたかったものですか?」 

 その物体から目を離すことができた誠は近づいてくる二人の上官に目をやった。二人とも腕組みしたまま黙って誠を見つめていた。

「成れの果てですわ。法術適正者の。法術が暴走すれば自分でも制御が不能になりこのような姿に成り果てる……それが法術師の定め」 

 そう言うと茜はガラスの窓の隣の出っ張りに携帯端末を載せた。開いた画像には女子高生とサラリーマン風の中年の男、そして小学生くらいの男の子の姿が写されていた。

「こうなってはどうするべきか分からないけど、この三人の遺伝子データと一致するサンプルが見つかっていますの。おそらくは……」 

 茜は淡々とした調子でそう言った。そこには感情を殺さなければこの非道を許すことが出来ないと言う彼女の怒りが現れていた。

「おい、こいつはどこで見つかった……って聞くまでも無いか。例の湾岸地域か……それにしてもあそこは『租界』に近いな。闇研究をやるには最適な場所だ」 

 かなめの言葉に茜は静かに頷く。東都港湾地区か沖の租界の周りででも発見されたのだろう。黙り込む茜達の纏う雰囲気で誠もそれを察した。

 そしてその時、誠は気づいた。手にしていた剣から熱いものが手のひらを経てそのまま頭の先まで達するような感覚を感じ、それが何意味するのか戸惑っていた。

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