第七十七話 事件の後は飲まなきゃね
ホテルの一室でベッドに倒れ込む。長く続いた警察による聴取によって気力が根こそぎ持っていかれた。もう夜中に時間は差し掛かっていた。ミスティがベットに静かに座り私と目がかち合う。
「ごめんなさい。あなたを危険な目に合わせた」
「いや、ミスティのせいじゃないよ。銃まで使って助けようとしてくれたんだし、ヒューノバーとすぐに動いてくれたんだし」
「……でも」
「もう、気にしすぎだって!」
起き上がってミスティの前に立つ。両手を掬ってぶんぶんと振る。
「ミスティ、自分が危険な目に遭うって分かってて銃使ったんでしょ。驚いたけれど、今こうして無事に帰って来たんだし、喜んでくれた方が嬉しいよ」
「……うん、そうね。ミツミ、無事で良かった」
「そうそ。それでいいよ」
笑みを顔に乗せてミスティを励ます。ミスティがここまで気にするとは思っていなかった。来訪を伝える音が鳴り、ディスプレイにヒューノバーの姿が映されていた。ヒューノバーを部屋に入れると神妙な顔をしており、こっちも気に病んでいるらしいと察する。そりゃあ当然ではあったのでヒューノバーの背をばんばんと叩いた。
「そんな暗い顔しないでよヒューノバー」
「……ごめん」
「いいっていいって! もう済んだことなんだから、ね!」
「俺は自覚が足りなかったみたいだ」
「何の」
「喚びビトの番」
「仕方ねえって! サダオミさんなんか三回も誘拐されてるんだから私なんか百回されるわ!」
「百回は多すぎよどう考えても」
ミスティが復活したのか呆れた表情でベッドに横になっている。切り替え早いな。
「あらましは警察から大体聞いたわ。にしても人間の純血派なんてね。サダオミさんも確か一回目に出会ったって資料にはあったけれど」
「……ねえ、ヒューノバー」
「なんだい?」
「マイクロフトってヒト、知ってる?」
私の出した名前に二人して反応する。どうやら知っているようだ。
「元々、心理潜航班に属していたヒトなんだよね? どんなヒトだったか、資料とかないのかな」
「……知ってはいる。けれど」
「それは口外するなとグリエル総督からの指示よ」
「……だったらグリエル総督だったら教えてくれるんだね?」
「……はあ、グリエル総督に直接聞くなら結果は変わらないでしょう。言ってしまったら? ヒューノバー。早いか遅いかの違いでしかないわよ。ミツミにとってはね」
ベッドでだらけているミスティがそう言うと、ヒューノバーは少々考え込んだ。目を瞑って唸っていたかと思うと口を開く。
「今は……言えない」
「……そう、分かった。ごめんねヒューノバー」
「こっちこそ、言えなくてごめん」
「じゃあミスティに聞くわ」
「ええ?」
「ヒューノバーが口を割らないつもりなら私も言わないわよ」
「意地悪だなあ〜ミスティちゃんは〜」
だったらグリエルに直接聞くか、資料室に資料がないか確認するのみだ。ただで起き上がってやるつもりはない。
「ま、自分で調べた方が角は立たないわな。こそこそ調べますよ〜」
「そうしなさいな」
「ごめんねミツミ」
「いーって良いって。なんか探偵みたいでちょっと面白そうだから」
ふい〜と息を吐いて座っている椅子の背もたれに体を預けた。マイクロフトか。と呟く。何故かどこかで聞いたことのあるような名前に思えた。大方何か創作物で見たことでもあるくらいだろう。マイクロフトのことは頭の隅に追いやって、ホテルへと連れて来られる際車中で聞いた話を二人に振った。
「そういえば白い犬っころ捕まったんだって?」
「そうらしい。ミツミが閉じ込められていた部屋で眠っていたそうだけれど……ミツミ、あまり無茶はするなよ」
「へーへー」
笑みを浮かべてひらひらと手を振る。ヒューノバーは不服そうではあったが話を続けた。
「ミツミの話ではマイクロフトともうひとりの獣人が居たらしいけれど、あの廃商業施設ではあの三人しか居なかったのは確からしい」
「で、その白い犬っころからは何か聴けたのかしらね?」
「最近雇われたばかりらしい。目ぼしい情報はあまり持っては居なかったそうだ」
「雇われ、ねえ……」
マイクロフトと共にいた獣人とは信頼関係が見て取れたが、白い犬っころは最近加わったばかりか。だとすれば、私の指輪や眼鏡、翻訳用のデバイスなど回収しなかったのも頷けるかもしれない。
マイクロフトだったらレムリィの石の付いたモノをそのままにしておくはずがない。スフィアダイブを一瞬でも行えば意識を奪うことは充分可能なのだから。隙を見せるような真似をわざわざすまい。正直、最初から切り捨てて良い人物だったのだろう。あの白い犬っころは。だから指示もしなかったのかもしれない。
「場合によっては心理潜航班に仕事が回ってくるかもしれないな」
「あり得るでしょうね。喚びビトを誘拐だなんて、政府も表沙汰にはしたくないでしょうから」
私が潜航に当たる可能性は恐らくないであろうが、監視室で見学くらいはさせてもらえるだろう。まあ、心理潜航班に送られるか確定ではないだろうが。
「でもま。忘れられない思い出になったよね〜」
「ミツミの楽観主義、たまに羨ましくなるわ」
「三人で桜を見に行ったこともこれで忘れないでしょ? あはは、おもろ」
「俺たちは面白くないんだけど」
「そのうち笑い話になるよ。サダオミさんみたいにさ」
サダオミとヨークたちとて、当時は荒れたのではないだろうか。歳を経てああして笑い話に昇華させられると分かっているのだから、気にするだけ無駄である。
「ちょっとは危機感持ちなさいよ」
「えー? だってさあ」
「なんだい」
「何かあったら絶対見つけてくれるヒト、二人も居るんだもん。うれしいじゃん」
見つけてくれる誰かがいることは幸せなのだと。そう言えば二人は顔を見合わせて、困ったように笑った。
「二人にも何かあったらさ。私が必ず見つけて見せるよ。約束する」
「そうね。その時は頼もうかしら」
「うん、俺も」
「名探偵ミツミに任せなよ!」
「迷うほうの迷探偵の方が合ってそうだけれどね」
ミスティの言葉にくすくすと笑うヒューノバーに、私は苦笑いを返す。そういえば、と思い出した。
「腹減ってんだけどなんか食べに行かない? 昼からなーんも食べとらんでしょアンタらも」
「そういえばそうだ」
「食いしん坊のヒューノバーが忘れている辺り、必死だったのね。私たち」
「このホテル、レストランあるよね。まだやってるかな」
「行ってみようか」
三人で立ち上がり部屋を出る。その日はミスティが酒をしこたま飲んで再び大惨事が訪れるのであった。