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第100話 不在の『太政大臣』

「内府殿……かなめちゃ……じゃなかった、要子不在にて候が、藤原朝臣一位響子、太政大臣推挙の議……」

 麗子がそう言った瞬間、続きの間にざわめきが起こった。

 響子が太政大臣に着けば甲武貴族第一位はこの場に居ないかなめから響子に移ることになる。

 響子は甲武の貴族主義者からは事実上の首領として扱われる存在だった。その響子が太政大臣に君臨すれば議会を制するかなめの父西園寺義基との衝突は避けられない。太政大臣には宰相任命の権限が存在し、場合によっては西園寺義基失脚の可能性さえ有り得た。

 殿上貴族達の戸惑いと特に『民派』の貴族達の恐怖を含んだざわめきを聞きながら響子は静かに首を横に振った。

新田朝臣(にったのあそん)二位右大臣麗子殿……内府殿から左様な議は上申されておりませぬ。また、前太政大臣である宰相もまたその時期にはまだ早いとのことでした。私もまだ未熟の身。その儀、却下いたします」

 響子はそう言うと呆けたような表情の麗子に笑みを返した。

「では、太政大臣による御采配は……」

 麗子はまだ話を続けていた。彼女のおめでたい頭の中には太政大臣空位の甲武国など考えられない。その思いが麗子に響子の太政大臣就任を勧めていた。

「田安公……太政大臣は空位なれど、前太政大臣は下座に控えておられる……御差配は前太政大臣たる宰相の一任でよろしかろうと」

 響子はそう言って目の前に控える嵯峨に目をやった。

「左府殿の御裁可……見事にございまする……では、次なる議を宰相より奏上させていただきまする」

 嵯峨のそんな一言が発せられると、鏡の間の御簾が上がり、かなめの父、宰相西園寺義基が静かに現れた。

 四人の前に椅子と机が用意され、西園寺義基は手にした書類を机に広げた。

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