レティシアとマティアス4
マティアスの手から、彼の真摯な気持ちが染み渡ってきた。
マティアスは大切な家族を城に残してまでレティシアのところに来てくれたのだ。レティシアは嬉しいと感じてしまった。
レティシアが素直にマティアスのプロポーズを受け入れれば、彼は家族と離れる事も、王子という地位も手放す事はなかったのだ。
レティシアはうわずった声で聞いた。
「王子の地位を失う事を惜しいとは思わないのですか?」
「ん?そうだな。リカオンと毎日バカやって、ヴィヴィに怒られて。ルイスをからかっていじめて泣かれて、全力で機嫌を取る毎日だったな。だけど、俺が王子でなくなったって、奴らは家族だ。それは、俺がどう変わっても変わらないものだ」
「・・・。はい、」
「それにさ!ルイスもヴィヴィもリカオンも、レティシアに家族になってもらいたいって想ってるんだぜ!」
レティシアは目頭が熱くなり、涙があふれそうになるのを必死にこらえた。レティシアは母のクロエを失ってからずっと一人だった。
霊獣のチップと契約して家族ができ、チップと二人でずっと暮らしていけると思っていた。それで充分幸せなのに、マティアスとも一緒に暮らせるなんて、そんなに幸せでよいのだろうか。
レティシアは胸が一杯で、話せないでいると、マティアスがレティシアの後ろを見て言った。
「なぁ、レティシア。さっきから気になってたんだけど、後ろのガラクタの山は何?」
マティアスの視線は、山小屋を作るために
チップが切ってくれた丸太と板が積み上がっていた。
「ガ、ガラクタじゃないです!私とチップのお家なんです!・・・、まだ建ててる最中なんです、」
「あ、あのさ。俺、小屋建てるの得意なんだ!ガキの頃、ルイスと一緒に住む小屋、俺が建てたんだぜ?それに、森で食料探すのも得意だからさ!その、俺をここに置いてくれないかな?」
マティアスのレティシアを思いやってくれる言葉に、レティシアは胸が苦しくなって言葉が出せなかった。代わりにチップの呆れた声が聞こえる。
『驚いた、まるで動物の求愛行動。だけど、レティシアを大切に思う気持ちだけは認めてやるよ』
「チップ?」
チップは自身の翼を広げて、レティシアの肩から飛び立った。マティアスの視線がチップをとらえる。きっとマティアスは読心の魔法でチップの考えを理解しているだろう。
「霊獣殿!」
『チップでいいよ!バカ元王子!僕はティアラを川に案内してくるからね。ちょっとは男を見せろよバカ元王子!』
チップは飛び去り際、マティアスの背中に水のかたまりを打ちつけた。突然の不意打ちに、マティアスはバランスを崩してレティシアに向かってつんのめった。
レティシアは慌てマティアスを支えようとするが、そのまま彼に強く抱きしめられてしまった。
「ご、ごめん!レティシア!大丈夫?」
「いえ、大丈夫です」
マティアスは顔を真っ赤にしてレティシアから離れようとする。レティシアは少し残念な気持ちになった。
だが中々マティアスはレティシアを解放しなかった。レティシアが不思議に思ってマティアスの顔を見上げると、彼の顔は真っ赤にこわばって固まっている。
「あ、あの、レティシア、」
「は、はい」
「もう少しこうしてても、いいかな?」
「・・・、はい」
レティシアは身体の力を抜いてマティアスの胸にもたれかかった。マティアスの心臓の音がドキドキと大きく拍動している。つられてレティシアの心臓もドキドキと高鳴り出した。
レティシアとマティアスは結局、川から戻って来た、呆れた顔のチップとティアラに声をかけられるまでそのままでいた。