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 快晴の空の下。
布を隅々まで張り詰めて思い切り叩く音が響く。

「よし、完璧」

 額の汗を拭い、風にはためく布を見る。

 白い布は服。大小さまざまな白い服が一列に並び、風にはためいている。

「ワタシってば実は家事の才能あったんじゃない?」

 鼻歌交じりに自画自賛しながら籠を片付けていると、家の中からてちてち小さな足音と鼻声のハーモニー。

「シャカニアー……」

 弱々しい声で鳴く、人の子供。
見た目から齢十前後だろうか。

 彼女は、友人が拾ってきた人の子供。
歳の割に随分と幼い言動をする彼女は、弱々しい声でサカニアに告げる。

「ネショ、した……」

 どうやらオネショしたらしい。
サカニアは膝から崩れ落ちた。

(なんで……! なんで今! 言うかなぁ!)

 洗濯が終わり、干すものも全部干して、後片付けを残すのみになった今の段階で!
どうして子供というものは、タイミングがこうも悪い生き物なのか!

 しかし。

(この目には……弱いんだよなぁ……)

 恐る恐るサカニアの顔を覗き込む上目遣いの黄金の目。
サカニアは苦笑交じりに小さく肩を上げた。
風にたなびく洗濯物の中に、大きな布団が並ぶのはそれからすぐのことだった。

「……ししょ、おこる?」
「どうだろうねー」
「やだ、シャカニアなんとかちて」

 思えば、この時既にサカニアには母性というものが芽生えていたのかもしれない。
森の人(エルフ)には性別という概念がないから、もしかしたら父性かもしれないが。

 この子がここに来てから数カ月が経つ。
長年の友人が人の子供を拾ったと言う話は、正に青天の霹靂だった。

(様子を見に行ったときの惨状と来たら)

 サカニアは思い出して苦笑する。
それは遡ること数カ月。



「ちょっとちょっとちょっと! 人の子供拾ったって聞いたんだけど! なんでそんな面白いことになって……る……の……?」

 面白いことが起こっている。
その予感にワックワクのサカニアは、扉を蹴破る勢いで友人の家に突撃した。

 しかし、サカニアは絶句した。
部屋の中の汚さに。
その中で残飯と言って差し支えない、粗末すぎる食事を食べる、汚れた服の少女がいることに。

「あ……」

 わなわな震えるサカニアは、次の瞬間、爆発した。

「アンタ何やってるんだぁぁぁぁぁ!!」

 叫び声を発したまま、少女を抱えて外へ連れ出す。
日光に当たって比較的、(ぬる)めの泉で体を清め、服をついでに手洗いする。
それを乾かしている間(少女には羽毛をたんと掛けて日光浴で自然乾燥させている)、森で食べられる甘い果物を目一杯集める。
少女にそれをたらふく食わせる。

「おいちね!」
「う゜っ!」

 無邪気な笑顔。
どうやって発音したかもわからない音を口から漏らし、サカニアは心臓を射抜かれた。

 顔面から地面に倒れ伏したその威力。
サカニアは心に誓った。

(この子は絶対……! ワタシが守る!)

 友人の家に転がり込んだのは、その数分後のことだった。

「いやぁ、サカニア、助かるよぉ」

 子供が暮らすには不衛生極まりない部屋をテキパキ片付けている途中。
友人がへにゃんとサカニアに礼を言う。

「そう思うならちゃんと手を動かせ! 子供が暮らしても体を壊さない程度には清潔にしろ!」
「あっという間にテオのトリコになってるじゃんねぇ。アナタそんなに世話好きだっけぇ?」
「あんなかわいい子を放置できる大人はいないよ! ……テオ?」

 友人はコクリと頷く。

「あの子の名前だよ。あの子ね、記憶が大分無くなっててね。その中で唯一覚えていたのが自分の名前だったらしくてね」

 ま、それも朧気みたいだけど。
のんびり宣う友人の言葉を受け、サカニアは少女、テオの顔を見る。

 さっきは慌てていたためにあまり気にならなかった顔の造形。
 将来性を感じられる輪郭、唇の形がありながら、それらを台無しにしてしまう大きな火傷。
 額から目元までが、全て火傷によるケロイドで埋め尽くされている。
それは失明をしなかったのが不思議なほど。

「……酷い目に、遭ってしまったんだね」
「記憶無くなって、幼児退行するだけの心の傷を負ってしまったらしいねぇ」
「幼児退行?」
「歳の割に幼い言動。サカニアは感じなかった?」
「……あんまり気にしてなかったかも」
「そ。アナタみたいな偏見なしに可愛がれる大人が、あの子には必要かもねぇ」

 目を細める友人は、慈愛に満ちているように見えた。

(……まぁ、慈愛に満ちても生活能力皆無なのは変えようがないけど)

 仕方ないな。
サカニアは立ち上がり、大きく伸びをする。

「ワタシもあの子。テオを育てるのを手伝ってもいいかな」
「お、助かるぅ。家事できないし、よろしくぅ」
「丸投げ前提かよ……。君もやるんだよ、メェリャ」
「うえぇ、めんどくさぁい」
「掃除くらいはできるようになりなさい!」

 こうしてサカニアの家政婦生活、もとい子育てが始まった。

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