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「青い空、白い雲! 強くもなく弱くもない風に、暑くも寒くもないちょうどいい気温ですねぃ。こんなだだっ広い草原に寝っ転がれたらどれだけ気持ちいいかと思うんですがぃ、テオ氏ー」

 ちらり。ちらちら、ちらりずむ。
イルは進行方向と真逆、彼の背後を窺い、口元を引くつかせる。

「なんであっしら、必死こいて走ってるんですかねぃ!!」

 草原に響く、呑気なイルの声とは裏腹に、彼らは走っていた。
ランニングなどではない。砂煙上げる勢いで走っていた。

「死にたくなけりゃ足動かせ」
「無慈悲!」

 イルはヒィヒィ言いながらテオの歩幅についていく。
テオの小脇には、黒髪黒目の少女が抱えられ、無邪気にキャッキャと笑っていた。

「イル、ウチュージンみたーい」
「ウチュージンとやらが何なのかあっしには到底想像もつきませんですがねぃ! 褒められてるわけじゃねぇのは分かりますよぃ!」
「ずいぶん余裕じゃないか、イル」
「もう走りすぎて! あっしの名前すら忘れそうですぜぃ! 頭の血を使いすぎてぃ!」
「それはいかんな。忘れたままにしないように名前を叫びながら走ればいいんじゃないか」
「テオ氏ってたまに雑に鬼畜ですよねぃ! あっしの名はイル! しがない商人ですぜぃ!」
本当(ほんと)にやり始めた」

 ヤケクソに叫び始めたイルの喉は今にも枯れてしまいそうだ。叫びすぎて。

「さっきまでのんびり旅路を行っていた途中! テオ氏がアレを見つけた! 余計なものを見つけてしまいましてぃ!」
「余計なもの言うな。不可抗力だ」
「見つけたときに驚いたあっしはアレを踏んでしまったよぃ! そこからは雪玉式に膨れ上がって膨れ上がって……! 手に負えなくなっちまったんですよぃ!」
「諸悪の根源お前じゃないか」
「テオ氏、絶対、許さない」

 叫びすぎて息が跳ねる。
足だけは止められない。
イルの肺は熱を持ち、今にも焼き切れそうであった。

「踏んだのはあっしですがぃ! ここまで増やしたのはテオ氏じゃないですかぃ!」
「とんでもない責任転嫁だ」
「中途半端に魔法を放たなけりゃあ、アレはここまで増えなかったんですよぃ! なにアレに手加減してやがるんですかぃ、善性の塊がよぃ!」
「褒めてんのか? 貶してんのか?」
「だから、だからあっしら、今……!」

 口の中に血の味が滲むのにも構わず、イルは全身全霊で叫び声を上げる。

「スライムに追いかけられているんですよいぃぃぃいいぃ!!」
「追いかけられている(・・)? イルだけに?」
「喧しいよぃ!」

 どうしてこうなってしまったのか。
イルは考える。
それは遡ること、一刻前。

「テオ! モギモギのやつと、フワフワの草見つけた!」
「モギギ草と、ビロスの種だな。両方とも傷薬の材料になる」
「テオ氏ー、テオ氏ー。こっちにキノコの群生地がありますよぃ!」
「全部毒キノコだ」
「ほっ?! それならアレは?」
「アレは毒性強めの毒草……。イル、なんでお前ピンポイントで毒を見つけてくるんだ?」
「いやぁ~。金目の物の目利きなら得意なんですがぁ。生物(なまもの)となるとてんでだめですねぃ」
「薬草を生物(なまもの)言うな」

 聖都まで後少し。
イルたちはその手前の森で、薬草の補充をしていた。

「ここの森はいいな。薬草が豊富で」
「森にも栄養があるんだよね!」
「ウミ氏、よく知ってますねぃ」
「テオに教えてもらった!」

 えっへんと胸を張る少女に、イルは微笑みかける。

「なんか、人攫いみたいな顔してる」
「酷いっ!」

 散々な言われようだ。顔が胡散臭すぎるからか。

「ウミ、言ってやるな。アレはイルの全力の笑顔だ」
「え、あれで……?」
「もういっそ笑ってくれたほうがマシですよぃ!」

 ワッと顔を覆って泣き真似をするイルに、流石に良心が咎めたのか、オロオロする少女。
彼女はイルに、手に持っていた花を差し出す。

「ごめんね、これあげる」
「ほ、あ、ありがとうごぜぇやす」
「毒のお花だけど……」
「なんでやねん!」

 もらった花を地面に叩きつけるふりをしてツッコミを入れる。
そうするとこの少女は、キャッキャと機嫌よく笑うことが、共に旅をしていく中で分かってきた。

「やめろ! ウミ!」

 突如、テオが叫ぶ。
ビクッと肩を揺らした少女が、恐る恐るテオを窺う。
焦った様子のテオは、ハッとして上がる息を落ち着かせる。
少女も驚いていたが、イルも驚いた。
長年友人として付き合ってきているが、こんなテオは初めて見た。
普段は穏やかな友人だ。何かがトリガーになったのだろうと察しはつく。

 テオは落ち着いて、穏やかな声音を意識した声で少女に諭す。

「ウミ、薬と毒で巫山戯るのは止めなさい」
「あ、うん……。なんで……?」
「扱いを間違えると、死んでしまうこともあるからだ。……ほら、イルの手を見てみろ」
「あっ、赤くなってる」
「うわぁ! 何ですかぃ、これぇ?!」

 言われるがまま、花を持っていた手を見ると、手のひらが赤くなっているのが分かる。

「この花は皮膚に粘液が触れると、かぶれ(・・・)ただれ(・・・)を引き起こすんだ。……イル、痒みや痛みは?」
「無いですよぃ」
「良かった。……この軟膏を塗っておいてくれ。数日で良くなる」
「ありがとうごぜぇやすよぃ」

 もらった軟膏を手に塗り込む。
ツンとした独特なにおいがした。

「イル、ごめんなさい。ふざけすぎた」
「いいですよぃ。次気をつけてくだせぇねぃ」

 しょんぼり頭を下げる少女に、イルは微笑む。

「……やっぱり人攫いの顔してる」
「酷いっ!」

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