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第61話 『駄目人間』がいつも向かう先

「いつもの場所に行きたいんだ。どうせいつもの渡辺だろ?まあ、あいつの運転なら大丈夫か」 

 『いつもの場所』そんな言葉を嵯峨が言うとかえではしんみりとした表情を浮かべて一階に到着して開いたドアの間を潜り抜けた。

「かえで様!」 

 決して大声ではなく、それでいて通る声の女性士官が手を振っていた。こちらはかえでのようにスラックスではなくスカートである。透けるようなうなじで切りそろえられた青色の髪と、童顔な割りに均整のとれたスタイルが見る人に印象を残した。

 彼女、渡辺リン大尉は軽く手を上げて挨拶する着流し姿の嵯峨に敬礼をした。

「世話になるな、いつも。かえでのお守り、いつもご苦労さん」 

 そう言って駐車場に出た嵯峨は甲武の赤い空を見上げた。甲武の首都、鏡都のある遼州星系第二惑星は硫酸の空の下にコロニーを作りその下で人々が生活している星である。硫酸とそれを防ぐ空を覆う防壁のせいでいつも空は赤みを帯びて輝いていた。

 駐車場にとめられた車、かえでの私有の四輪駆動車がたたずんでいた。いつもその運転手はかえでの部下であり、荘園領主としての西園寺公爵家の執政でもある渡辺リンが担当していた。

「いつもすまないねえ。たまには気の利いた場所をお願いしたいんだが、とりあえず元夫としては、この国に来たらいつも同じ場所に行かなきゃならないらしい」 

 そう言って嵯峨は後部座席に乗り込む。運転席でリンが苦笑いをする。

「それが自分の職分……ですので。それにいつも同じ道を通るのですから。安心して運転できます」 

 リンは嵯峨の部下のアメリア・クラウゼ少佐達と同じ人造人間、第四惑星からアステロイドベルトを領有するゲルパルトの『ラスト・バタリオン』計画の産物だった。その中でも彼女はゲルパルト敗戦後、地球と遼州有志の連合軍の製造プラント確保時には育成ポッドで製造途中の存在であり、ナンバーで呼ばれる世代だった。

 彼女は密輸業者によって甲武に売られ、非合法の岡場所の女郎屋で想像もつかないような変態共の慰み者になっているところをかえでに救われ、その従順に仕立て上げられた性質からかえでは彼女を自分の副官に推挙した。

 他の有力荘園領主家と同じように西園寺家の被官達にも先の大戦で断絶する家が多く、当時跡取りを求めていた渡辺家の養女として渡辺リンは人間の生き方を学び。医大では婦人科を専攻していた。

 いつも彼女を見守っているのは恩義のあるかえでである。リンがかえでに惹かれた当然かもしれない。嵯峨は苦笑いで時々助手席と運転席で視線を交わす彼等を見守っていた。

「まあいいか。それより加茂川墓苑に頼む」 

 その言葉にかえでは少し緊張した面持ちとなった。

「叔父上、やはり後添えを迎えるつもりは無いのですか?そう言えば同盟司法局の……機動隊の安城少佐とかは……」 

 かえでにも嵯峨の『特殊な部隊』での『駄目人間』ぶりは聞こえてきていた。それにもう妻のエリーゼが死んでから二十五年の月日が流れている。『不死人』であり、永遠に見た目が変わらない嵯峨がいつまでも独身であると言うことはかえでにとっては理解しがたい事であった。

「野暮なこと言うもんじゃないよ。秀美さんには俺はいつも粉をかけても袖にされてばかりでね。それに順番から行けば相手を見つけるのは茜だろ?まったく。あいつも仕事が楽しいのは分かったけどねえ。アイツは自分のお袋とはそこんとこまるで似て無いんだ。エリーゼは俺と付き合ってる時も何又かけてたか分からないし、死んだときも間男がいたって夫の俺でも知ってるよ。それなのに……彼氏の一つも作りやがらない。まあ、茜も遼州の血が流れてるからモテないのかな?」 

 嵯峨はそう言うと禁煙パイプを口にくわえる。そして話題を自分にとって都合の悪い娘の話からずらそうと考えて話を切り出した。

「それと、法律上はお前等二人が結婚してもかまわないんだぜ。甲武には女同士なら家名存続のためにお互いの遺伝子を共有して跡取りを作ることが許されるって法律もあるんだからな……ってお前さんは『マリア・テレジア』計画とやらでたくさんのクローンを上流貴族の跡取りとして若妻に孕ませたらしいじゃないの。俺も知ってるよそのことは。どうせ康子姉さんの入れ知恵に決まってるんだ……ああ、余計西園寺家の敷居は跨ぎにくくなった」 

 ハンドルを握りながら渡辺がうつむく。かえではちらりと彼女の朱に染まった頬を見て微笑んだ。

「しかし、あれだなあ。遼や東和に長くいると、どうもこの国が窮屈でたまらないよ。俺の『駄目人間』扱いされて見下されるのは慣れているが、『悪内府』殿と尊敬を込めて言われるとどうも体が痒くなって……ああ、大丈夫。俺の部屋には風呂は無いけどシャワーは有って毎日浴びてるから体が汚れてて痒いわけじゃ無いから」 

 道の両脇に並ぶ屋敷はふんだんに遼州から取り寄せた木をふんだんに使った古風な塗り壁で囲まれている。立体交差では見渡す限りの低い町並み、嵯峨はそれをぼんやりと眺めていた。

「それでも僕はこの町並みが好きなんですが……守るべきふるさとですから」 

 そう言うかえではただ正面を見つめていた。そんな彼女に嵯峨は皮肉めいた笑みを浮かべる。車の両脇の塗り壁が消え、いつの間にか木々に覆われていた。すれ違う車も少なくなり、かなめは車のスピードを上げる。

「しかし、電気駆動の自動車もたまにはいいもんだな……まずは静かでいい。うちの整備班長の島田は車はガソリン車に限るって言うが時と場合によるんだよな。こんなコロニーの中でガソリン車なんか運転したら排ガスであっという間に死人が出るぞ」 

 そう言いながらタバコをふかしているように嵯峨は右手で禁煙パイプをもてあそぶ。なにも言わずにそんな彼を一瞥するとかえでは車の窓を開けた。かすかに線香の香りがする。車のスピードが落ち、高級車のならぶ墓所の車止めでブレーキがかかった。

 静かに近づいてくる黒い背広の職員。加茂川墓所は甲武貴族でも公爵、侯爵、伯爵と言った殿上貴族のための墓地であった。多くの貴族達は領邦の菩提寺や神社とこの鏡都の加茂川墓所に墓を作るのが一般的だった。嵯峨家もまた例外ではなかった。

「公、お待ちしておりました」 

 職員の言葉にかえでは叔父の手際のよさに感心した。

「例の奴は?」

「お待ちになられています」

「ああ、そう」 

 かえでは嵯峨と職員とのやり取りでこの地での嵯峨への来訪者があることを察した。時に大胆に、それでいて用心深い。数多くの矛盾した特性を持つ叔父を理解することができるようになったのは、彼女も佐官に昇進してからのことだった。

おそらく嵯峨にとって面倒な相手らしく、嵯峨はむっつりと黙り込んだままだった。事前に連絡をしておいたのだろう、待っていた管理職員から花と水の入った桶を受け取って嵯峨は歩き出した。

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