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第57話 国賊の最期を願いつつ

『嵯峨大佐は紺の着流しだ。あれだけ目立つ格好だ。出てくればすぐわかる……今ドアを開けた!』 

 ターゲットに張り付いている同志の声が響く。その同志もまた娘を金の為に平民の金持ちの幼女にして家格を明け渡し、その平民から毎月貰っている金を生活の足しにしている。それほどまでに下級士族の生活は追い込まれていた。

 見つめる先、確かに紺の着流し姿の男が現れた。腰には朱塗りの太刀。しかし、この太刀は振るわれることは無いだろう。『彼』は引き絞るように引き金を握り締めようとした。

 その時だった。

 国賊と彼の呼ぶ嵯峨惟基は明らかに青年の方に向き直った。そしてその瞳は明らかに『彼』の存在を理解しているように見えた。

 あまりのことに、青年は引き金を反射で引いてしまった。肩に強烈な火薬のエネルギーを受けて痛みが走った。弾丸は彼が国賊と呼ぶ男の数メートル手前に着弾した。すぐさま体に叩き込んだ習慣でボルトを開放して次弾を装填していたが、目の前に見える光景に『彼』は自分の顔が青ざめていくのを感じた。

 スコープの中の着流し姿の男が消えていた。扉の周りに立っていた常駐の警官隊が、突然響いた銃声にサブマシンガンを抱えて走り回っているのが見える。

 『彼』は暗殺が失敗したことを悟り、脱出すべく立ち上がった。

「運のいい奴だ……しかし、奴はどこに消えた」

 そんな独り言が『彼』の口から自然と漏れていた。

 スコープで空港の出入り口付近をいくら探しても国賊の姿は見えなかった。それはまるで魔術か手品のような出来事で『彼』は目の前の光景を信じることが出来ないでいた。

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