進軍
マティアス第一王子率いるザイン王国軍は滞りなくイグニア国との国境に向けて進軍を続けた。
不安に感じていた召喚士レティシアも一兵士として従軍していた。
とはいってもレティシアは女性だ。慣れない軍生活では不便もあるだろう。事情を知るリカオンは、レティシアになにくれとなく世話を焼いていた。
マティアスとしてはつまらない気持ちもあったが、要領の悪いマティアスよりも、器用なリカオンが助けに入った方がレティシアも安心だろうと考えていた。
そんなある日事件が起きた。レティシアのテントにふとどき者が侵入したのだ。マティアスは激怒した。
「そんな奴そっこく打首だ!」
「まてよ、マティアス。相手はクズでも伯爵家の次男だ。温情をかけて恩を売った方が得だ」
リカオンは頭の悪い生徒に対する教師のような顔で答えた。彼の足元には、顔が三倍に腫れた男が後ろ手にしばられて倒れている。リカオンがやったのだろうか。
そんな事よりもレティシアが心配だ。野宿で不安な時に男に寝込みを襲われたのだ、精神的にとても傷ついただろう。マティアスはおずおずとリカオンに質問した。
「あの、レティシア、大丈夫かな?」
「あん?大丈夫じゃねぇの?こぶし血まみれにして笑ってたから」
「そうか!笑ってたか、じゃあ大丈夫だな!」
「・・・。お前とレティシア、単純な所がお似合いかもな」
リカオンが小さく呟いたがマティアスには聞こえなかった。
マティアスには信条があった。困難な時にこそ笑え。それは王である父の教えだった。
マティアスは幼い頃から次期国王になるため、多くの事を学ばなければならなかった。だがマティアスのがんばりに反して、座学はちっとも理解する事ができなかった。
マティアスの担当教師がついにさじを投げ、マティアスが落ち込んで泣いていると、大きな手に抱き上げられた。見上げると国王である父親だった。
「マティアス、何を泣いている」
「!。父上!・・・。先生に見放されてしまったのです。僕が、頭が悪いから、」
そこでマティアスはまた悲しくなってシクシクと泣き出した。何を思ったのか国王は親指と人差し指でマティアスの口のはしをにゅっとあげた。
「てぃてぃうえ?」
「笑え、マティアス」
「?」
「どんなに辛くても悲しくても、泣いているだけでは状況は変わらん。そんな時は笑え。笑えば勇気も元気も湧いてくる。きっと困難に打ち勝てる」
「!。はい!」
その後からマティアスはよく笑った。笑い続けた。最終的には戦場の狂戦士王子というあだ名がついた。