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オークの女 2

 オークの女はしゃがみこんだままの状態でハァハァと乱れた呼吸を整わせてから顔を上げる。

 苦しさからか緑色の顔が少し赤みを帯びて、潤んだ目からは涙が滲んでいた。

 そして言う。

「っく…… 殺せ……」

「いや、お前が言うんかい!」

 ビシッと右手を上げムツヤは人生で初めて見知らぬ他人に、いや、他オークにツッコミを入れる。

 そこには静寂と寂しげな風がサーッと流れた。

「それってオークが女騎士に言わせるやつだしょ? 何で、何でオークが? それぐらい俺だって知ってるよ? 田舎者だからってなめんじゃねー!」

 そう言われた女オークは目をギュッとつぶり、悔しさと怒りの声を絞り出す。

「貴様もそうやってオークを偏見の目で見るのだな、誰でも襲う醜い豚と! 性欲の化物と! 貴様の悪趣味に付き合ってなぶり殺しにされるつもりはない、もうこれ以上生きて屈辱は受けぬ!」

 ムツヤに背を向けるとオークの女は短剣を自分の喉元に充てがい、一筋の涙を流した。

「ヒレー、済まない。私は先に行って待っている。先立つ私を許してくれ」

「お、おいちょ、ちょっど待でー!」

 オークの女はそのまま覚悟を決めて目をつぶり短剣を自分の元に引き寄せる。

 痛みが走らない。

 興奮で感覚が麻痺しているのか、それとも痛みなく死ねたのか、肉を切る感触はあったのだが。

「ううううういっでええええええええ!!!!!」

 大声を聞いて目を開けると短剣は先程の人間の右手を貫いていた。

「な、何をしている!?」

「それはこっちのセリフだ馬鹿! お前それ死んじゃうべよ! え、なに、それやったら死ぬどかわがらんの!?」

 オークの女はうろたえた、目の前の人間が何をしているのか全くわからない。

 可能性があるとすれば、なぶり殺す趣味の為ならば、自分の体さえ犠牲にできる狂人なのだろうかと。

「間に合わねえから掴んじゃっだけどクソ痛てえええええ! ってか刺さってんじゃん、こんな怪我久しぶりだ、くそー!」

 人間は手から短剣を抜き取り、左手で出した光を血が吹き出している右手に当てた。

 すると一瞬で男の傷口が塞がっていった、治癒魔法は今まで何度も見たことがあるがここまで見事な物は初めて見る。

「傷が一瞬で……!? 何故助けた? 本当にお前は何者なのだ!?」

「だーがーらー、俺はもう本当にさっぎごの世界に来だの! あ、俺は『ムツヤ・バックカントリー』って言います」

 女オークは男の言う『この世界』が何を意味するかは分からないが、男の名前は知ることが出来た。

 この男、ムツヤに対する質問は山のようにある。

「何がなんだか分からないが、本当に貴様は何故助けたのだ!?」

「いや、当たり前でしょ、死んだらもう何も出来なくなるんだよ!? 知らないのそれ!? 俺でも知ってるよそれぐらい」

 オークの女は困惑した、デタラメな強さと倫理観。

 やはり、この男が本当に何者なのか、何を考えているのかがわからない。

「っていうか何で俺襲われたの?」

「事情は分からぬが、本当に何も知らぬようだな…… 私達はとんでもない勘違いをしていたのかもしれない」

 オークの女はフラフラと立ち上がる。

 だいぶ苦しそうにしていたが治療が必要な程ではない。

「話しと謝罪をする前に仲間が無事かどうか確認を取りたい」

「あぁ、そうですねすみません。俺も服着て良いですか?」

 そうだ、今までムツヤはパンツ一丁スタイルだった。

 女オークは茂みの中で伸びている仲間たちの状態を確認する。

 どちらも気を失い、口の中が切れているのか血を吐き出しているが、死にはしないだろうと横向きに回復体位を取らせムツヤの前に戻った。

 目を閉じて何から話せばいいか考え、ゆっくりと口を開く。

「まずは勘違いをしてしまった上に怪我まで負わせて本当に申し訳なかった。旅の人、私の名は『モモ』と言う、もう一度名前を聞いても良いだろうか?」

「あ、俺は『ムツヤ』です。俺の方こそ、オークに偏見? ってやつを持っていてすみませんでした」

 それは私達の対応に非があったとモモは寂しそうに軽く笑って言った。

 そして、そのまま言葉を続ける。 

「私の妹が…… 村の住人たちが、二日前に人間に斬られたのです」

「え、どうして!?」

 ムツヤはこの世界のオークと人間たちは争いをしているのだろうかと考える。 

「百年前に人間と他の種族は平等だと宣言されはしましたが、人間の中には他の種族を毛嫌いし、殺すことを正義とする集団も居ます」

「そんな奴らが……」

 他人との関わりがなく、他の種族を初めて見たムツヤには毛嫌いという感情がわからないが。

「突然でした、今日の昼間の事です。人間の仕業というのも斬られた本人や目撃者から聞いたのだから間違いない」

 怒りを込めてモモは続けて言う。

「私の妹も半殺しにされた。故に自分たちで警備をしていたのです」

話を聞く限り、オークと人間の間には深い溝があるようだった。

 数秒の沈黙の後に何かをためらっていたモモは意を決してすがりつくように言った。 

「その……ムツヤ殿! もしも貴方に情けがあるのであれば…… 先程勘違いで襲った事を承知の上で恥を忍んで言う! さっきの治癒魔法で私の妹、いや、私の同胞たちを治してはくれないか!?」

 ムツヤは頭を下げるモモを見て「えっ」と声を出した。

「私達の村には治癒術を使える者がいない。それに街へ行って呼ぶにも行って帰って2,3日は掛かってしまう」

 モモはさらに頭を深く下げて懇願をした。

 しかし、ムツヤは苦い顔をして視線を左下に移す。

「すみません、俺って自分の傷を治す魔法しか使えないんですよ」

 もし自分がオーク達の傷を治す魔法を使えるのであれば喜んで治すだろう。

 だが、ムツヤは自分の傷を治す魔法しか知らない。

 その事は祖父のタカクの怪我を治そうとしても出来なかった事で知っている。

「アレほどの治癒術が出来るのに他人は治せないのか!?」

 モモは手を犠牲にしてまで自分を助けれくれた男が、オークを助けない為に嘘を付いているとは思えなかった。

 けれども、あれ程までに見事な治癒術を使えるのに他人は治せないという話も信じることが出来ない。

 目の前の男を信用しても良いと思いかけていた心に疑問がひと雫垂れ落ちて黒く混ざる。

「す、すみません。あ、でも、オークに効くかわからないですけど傷が治る薬ならたくさんあるんでそれを分けましょうか?」

 代替案を持ち掛けたムツヤだったが、モモの顔は暗く沈んでいる。

「気持ちはありがたいのだが、深い傷で回復の薬だけではどうにもならぬ状態なのだ」

「あーでもコレ、俺が腕取れた時にもくっつけて飲んだら治ったんで、もしかしたら大丈夫かもしれませんよ」

 聞き間違えたのだろうか、信じられないとモモはムツヤの顔を見直して瞳を小さくする、そんな馬鹿な話は普段だったら信じないだろうが。

「そんな薬が本当に?」

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