オークの女 1
一番先頭にいるオークの、おそらくは女であろう者が、後ろで結ってまとめた栗色の髪を揺らしながらこちらへ近付く。
そして、剣先と殺意をムツヤに向けて質問をする。
「異国の者だろうと関係はない。何をしに来た」
「あのですねぇー、こっちにさっぎ結界から通っで来だばかりでしてぇ、怒らせだのなら謝るんで許してくださいませんか?」
ムツヤは両手を胸の前で開いて言った。
戸惑っていたし、恐かった。
モンスター相手の戦いであれば慣れたものだが、対人戦は経験がない。
サズァンと戦うことを渋ったのも、サズァンを好いてしまった事の他に、内心では人と戦う恐怖もあったのだ。
オークは互いに目を合わせる。
目の前の人間の言っていることが何一つ理解できない。
「とにかくだ、その剣に鎧、上質な物だろう、ただの冒険者ではないな? まずは武器を捨ててこちらに投げろ」
ムツヤは頷くと剣を女オークの元に放り投げた。
地面に落ちたそれらを女オークは自分たちの背後へ蹴飛ばした。豚のようなオークがムツヤに次の命令をする。
「次は鎧を脱げ。いや、ナイフでも隠されていたらたまらん、荷物と服も全て地面に置け」
鎧とカバンはまだ良いが、服を脱ぐのは流石に抵抗があった。しかしオーク達は剣と斧を構えて無言の圧力を掛ける。
月明かりに照らされながら外の世界に来て早々ムツヤはパンツ一丁にされてしまった。
サズァンから貰ったペンダントが胸元をひんやりと冷やし、そして最悪の展開に気付いてしまい、一瞬で血の気が引いてしまう。
「あ、あの、オーグさん、ひとつぅー…… いいですか?」
「なんだ」
ムツヤは今にも泣きそうな、震えた声でオークへと質問をする。
「ご、これから私はーあのーいわゆる『っく、殺せ』って奴んなるんでしょうか? お、おれ、外の世界で女の子とは、ハーレムしだかったのに、お、オーグに」
「何を気持ち悪いことを言っているんだ馬鹿者!!」
女のオークは顔を怒りと恥ずかしさで顔を赤くしてムツヤを怒鳴り散らす。
「貴様もオークは性欲の化物のように思っているのか、我らを愚弄するか、私は今にも貴様を斬り殺したくてたまらない!」
初めて祖父以外に怒られたムツヤはビクビクとしている。
パンツ一丁で。
しかし女のオークがムツヤに近付いた瞬間、ペンダントが光りだし、目の前の空間に褐色の美女であり邪神のサズァンを映し出す。
「ムツヤさっきぶりね、というより外の世界に出て早々にオークに裸にされるってどういう事なの……」
「何だアレは!」
女のオークは警戒して後ろに飛び跳ねる。
後方に居たオークの二人もお互いにその邪神の幻影を指差してざわついていた。
そんなオーク達を無視してサズァンは話し続ける。
「あのね、あんなオークなんてアナタの敵じゃないわよ? その裸のままで倒せるぐらいには敵じゃないわ」
「本当でずかサズァン様? いやでも流石に、あ、恥ずかしんであんま裸見ないで下さい」
ムツヤは手を前で組んで身を縮める。
そんな彼の周りをサズァンの幻影はぐるぐると回って舐めくりまわす様なアングルで見ていた。
「本当可愛い。あっ、背中にほくろあるのね。って、あらやだ、意外とこれ長く持たないわね、それじゃあねムツヤ」
そう言って目の前からサズァンの幻影は消え、どよめくオーク達にムツヤは語りかける。
「なんていうか…… 俺の方が強いみだいなんで…… 見逃しで貰えないですか?」
オークの女はギリリと口からはみ出す犬歯を見せつけて歯ぎしりをし、剣を握りしめる。しかしそれより先に飛び出したのは両隣のオーク達だ。
「舐めるな人間!!」
「待て、あくまで拘束が目的だ! 本当に人間を殺せば面倒なことに」
オークたちの斧は完全にムツヤを捉えていた。
しかし、ムツヤから鮮血が吹き出すことは無い。斧を余裕で避けたムツヤはそのまま右側のオークの顔を殴り飛ばす。
顔をひしゃげさせながらオークは宙を舞い、横の茂みの中へと消えていった。
あれとムツヤは思う。
オークってのはこう、屈強で、女騎士だって勇者だって苦戦する相手のはずだと。
目の前の連中は本当にオークなのか少し疑うぐらいに拍子抜けだった。
「おのれぇー!!!」
そう声を荒げて二人目のオークも剣を振り下ろしてきたが、剣身を横から手のひらで押し出される様に払いのけられた。
それを見てギョッとした次の瞬間にオークは宙に浮いて茂みに吹き飛ばされている。
攻撃が軽すぎるというのがムツヤの感想だった。
塔の下層に居る『でっかいカマキリ』の斧の方が数倍以上早くて重い。
残るは眼前のオークの女だけだが、それよりもちょっと強く殴りすぎて死んでいないかなとムツヤはオークの心配をした。
悪役であることが多いし、実際に今オークに襲われているが、言葉を交わした相手を殴り飛ばすのは気分の良いものではない。
そう、出来れば殺すこともしたくはない。
「貴様何者だ? 誰かに雇われた暗殺者か」
オークの女はそう言っていつ斬りかかってきてもおかしくない殺気を持ち剣を構える。
「いやだがら、本当に何も知らねーしこっちの世界に来たばっかだし…… っていうか仲間の人は大丈夫? 思ったよりも強く殴り飛ばしちゃった気がすっけど……」
ムツヤは後ろの茂みに転がる二人を心から心配していたが、オークの女の耳には煽りとして届いてしまったらしい。
「ナメるのもいい加減にしろ!」
声を張り上げてオークの女はムツヤに斬りかかってきた「あぶん」と奇声を出してムツヤはそれを避ける、危ないを言いそびれたのだろう。
「あーもー、ちょっと待っでって!」
言葉尻を上げてオークの女の剣を横から殴ると剣はそこから2つに割れて砕け散る。
「あっごめん、やりすぎちゃった……」
オークはそれを見て表情を凍らせた、これが生身の人間の技か? 人間より数倍力に優れているオークでさえ振り下ろされた剣を叩き折るなんて芸当はできない。
魔法で強化でもしているのだろうか? だが恐怖は次第に怒りに変わり、腰に刺していた短剣を引き抜く。
「ここまで戦いでナメられたのは初めてだ、私達を馬鹿にするために、力の差を見せつけるためにやっているのか? 貴様らは何故そこまでオークを目の敵にする」
短剣を両手で持ち、オークの女はムツヤに向かって捨て身の特攻をする。やむを得ずムツヤはそのオークの腹に軽めの手刀を食らわせた。
瞬間オークは唾液を、時間を置いて少しばかりの胃液を吐き出して地面にうずくまる。
「屈辱だ…… 私達を笑いに来たんだな貴様は……」