第6話(1)ついてきた理由
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「キョウ様、どうして東方に行くのでありんすか?」
「南方への用事はとりあえず済んだからな」
「東方にもなにかご用事が?」
「あると思うか?」
俺は両手を広げる。俺の右隣を歩くエリーが苦笑する。
「なさそうでありんすね……」
「そうだよ」
「本当に気の向くままでありんすね……」
「違うな、風の吹くままってやつさ」
「今のところはまったくの無風状態でありんすが……」
エリーが空を見上げる。雲ひとつない青空だ。俺は鼻の頭を擦る。
「こ、言葉のあやというやつだよ……」
「まあ、それはどうでもよろしい……それとは別にして……」
「別にして?」
「何故にして、この女ゴブリンがついてきているのでありんすか⁉」
エリーが俺の後ろを歩くヴァネッサを指差す。ヴァネッサが口を開く。
「お、女ゴブリンではなく、ヴァネッサという名前があります」
「はっ、そんなのはどうでもようござりんす!」
ヴァネッサの言葉をエリーが鼻で笑う。ヴァネッサがムッとしながら呟く。
「失礼な……いや、魔族の方に礼儀を求めるのが間違いでしたね……」
「はあっ⁉ 言ってくれんすね⁉」
「い、いちいちやかましい口ですね……鼻の次は顎を砕いても良いんですよ?」
「やれるものならやってみてごらんなさい!」
「ひっ……」
エリーがヴァネッサを睨む。ヴァネッサ、ビビりながらも結構煽るなあ……。
「はあ……」
「いやいや、キョウ、他人事みたいにため息ついてないでさ、なんとかしないと」
「なんとかって?」
俺はオリビアに問う。俺の左隣を歩くオリビアは若干呆れ気味に答える。
「いや、仲裁するとかさ、なんかあるでしょう」
「仲裁か……エリー、やめておけ」
「この女ゴブリンには鼻の骨を折られた恨みがありんす!」
俺に対し、エリーが声を荒げる。俺はオリビアの方を見る。
「だそうだ……」
「う~ん、それは水に流すわけにはいかないのかね~」
オリビアが腕を組んで、首を傾げる。エリーがさらに声を荒げながら、オリビアのことをビシっと指を差す。
「言っておきんすけど、貴女にも撃たれた恨みというものがありんすからね!」
「げ、まだ覚えていたのか……」
オリビアがペロっと舌を出す。エリーが怒る。
「忘れるわけがないでありんす‼」
「やれやれ、魔族というのは実に執念深い種族だねえ……」
「これくらい普通のことでありんしょう⁉」
「傷はキョウに癒してもらったじゃないか」
「そういう問題ではありんせん!」
「もっとさ、長い目で物事を見てみようよ……」
「貴女がたエルフの基準に合わせていたら、寿命がいくらあっても足りんせん!」
「拙者はこの魔族のようにねちっこくないから水に流したが……」
前を歩いていたアヤカが振り向いて口を開く。エリーがさらに怒る。
「だ、誰がねちっこいでありんすか⁉」
「……然るべき説明はあっても良いのではありませんか、キョウ殿?」
「説明?」
「ええ、何故ヴァネッサがついてきているのか……」
「力強いだろう?」
「それは身をもって感じました……」
「さらに頭脳的な戦い方も出来る。ゴブリンキラーズとやらとの戦いの際の、皆へ出した指示は適切だった」
「それも確かに……」
「側にいてくれるのならば心強いと思い、勧誘のようなことはした……だが、今現在ここにいるのはヴァネッサが選択したことだ」
「ふむ……」
「納得してくれたか?」
「ヴァネッサ……お主はそれで良いのか? 集落のことは……」
アヤカが俺の肩越しにヴァネッサに問いかける。ヴァネッサが答える。
「街との話し合いは済みました。元々、わたしが生まれるずっと前から、人間の方々とは平和的に共存出来ていた期間の方が長いですし……大丈夫だと信じています」
「まあ、あの役人は信頼が置ける人物だという評判だからな……それにしても思い切った決断をしたものだな。拙者たちについてくるとは……」
「漠然とですが、自身の見聞を広めてみたいとは思っていたんです。だけどなかなか難しいかなとも思っていました……。しかし、こうして、キョウさんたちと出会えたのも何かの縁だと思い……」
「縁か……まあ、そういうのも大事ではあるな……」
「それに……嬉しかったんです」
「嬉しかった?」
「はい、ゴブリンキラーズの方々がやって来たとき、迷わずわたしの味方になってくれたことが。本当に心の底から感激することでした……!」
「胸を打たれたというわけか」
「そういうことになりますね……」
ヴァネッサが笑みを浮かべる。アヤカがエリーを見る。エリーが渋々ながら頷く。
「はいはい、キョウ様のお決めになったことには従います……」
まあ、野郎どもと女なら、女の味方をしておいた方が色々と良さそうだなと思って、ほぼ本能で動いたというのは黙っておくことにした。俺たちは東方へと進む。