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第32話 甲武国の最高意思決定機関『殿上会(でんじょうえ)』

「そう言えば人事と言えば、第二小隊の話はどうなったんだ?もういい加減に結論が出てもいいころじゃねえのか?」 

 車は豊川市の市街地に入った。窓の外が見慣れた光景になったのに飽きたというように目を反らしたかなめがアメリアに尋ねた。振り向くアメリアの顔が待っていたと言うような表情で向かってくる。

「ああ、かえでちゃんの件ね。何でも来週の甲武の『殿上会(でんじょうえ)』に出るとかで……それが済むまではペンディングらしいわ。それ以前にかなめちゃん。妹のことじゃないの、かえでちゃんがどうなるかなんて、かなめちゃんの方が詳しいんじゃないの?」

 アメリアがかなめが嫌がることを知っていてわざとかなめの妹、日野かえで少佐の話をかなめに振った。

「言うなそれは。あんな性犯罪者が妹だとは……我ながら恥ずかしくてたまらねえんだ。もう一度かえでの話をしたら隊に着いたら本当に射殺するからな」 

 かなめは明らかに何かを嫌悪しているというように吐き捨てるように言った。

「『でんじょうえ?』って何ですか?」
 
 初めて聞く言葉に誠は甲武の一番の名門貴族西園寺家の出身であるかなめの顔を見た。聞き飽きたとでも言うようにかなめはそのまま頭の後ろで手を組むと、シートに体を投げ出した。

「甲武の最高意思決定機関……と言うと分かりやすいよな?四大公家と一代公爵。それに枢密院の在任期間二十年以上の侯爵家の出の議員さんが一同に会する儀式だ。親父が言うには形だけでつまらない会合らしいぜ……今じゃあただ顔を合わせて鏡を仰ぎ見て終了……それが伝統なんだと。アタシはまだ官位が『検非違使別当』で出る権利がねえから一度も出たことがねえ。まあ、面倒ごとに巻き込まれるのはこちらから願い下げだがね」 

 面倒くさそうにかなめが答える。だが、誠にはその前の席から身を乗り出して、目を輝かせながらかなめを見ているアメリアの姿が気になった。

「あれでしょ?会議では平安絵巻のコスプレするんでしょ?出るんだったらかなめちゃんはどっち着るの?水干直垂?それとも十二単?」 

 アメリアの言葉で誠は小学校の社会科の授業を思い出した。甲武国の懐古趣味を象徴するような会議の写真が教科書に載っていた。平安時代のように黒い神主の衣装のようなものを着た人々が甲武の神社かなにかで会議をする為に歩いている姿が珍しくて、頭の隅に引っかかったように残っている。

「アタシが『検非違使別当』の職務だと言われてその警護に当たった六年前に引っ張り出された時は武家の水干直垂で会場の周りをうろうろした。ああ、そう言えば本家が『官派の乱』でお取りつぶしになった分家の響子が『左大臣』になった時、奴は十二単で出てたような気がするな……」 

 胸のタバコに手を伸ばそうとしてカウラに目で威嚇されながらかなめが答えた。

「響子?九条大公家の響子様?もしかして……あのかえでちゃんと熱愛中の噂が流れた……」 

 誠も殿上貴族のかなめと接するようになってから、西園寺家、九条家、田安家、嵯峨家が甲武の貴族の中でも別格の『四大公家』と呼ばれる特別な家柄なのは知っていた。そしてその九条家の当代当主が九条響子左大臣であることもかなめから聞かされていた。

「アメリアよ。何でもただれた関係に持って行きたがるのはやめた方がいいぞ。命が惜しければな」 

 アメリアの妄想に火が付く前にかなめが突っ込む。アメリアの妄想はいつものこととして誠は話題に出た人物について考えていた。

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